11月8日の朝に、友のM君が亡くなった。間質性肺炎の再発で、5日の日に入院し、6日に、M君からラインで「昨日、間質性肺炎再発で入院しました」とのメールがあった。「お大事にして下さい」と返信、「ありがとうございます」との通信が最後になった。
8日の午前中に、SさんからM君が亡くなったとのメールが来た。その後、弔問に行き、通夜・葬儀の日程が分かったと、メールで知らせてくれた。親友のI君と連絡を取り、通夜に行くことに決めた。M君との最後のお別れがしたいとの思いだった。通夜の儀の前に、喪主の奥様ともお会いし、挨拶することもできた。私が「いいお顔をしていますね」と、「ありがとうございます」と。4年前の夏に、学生時代の仲間4人で箱根へ一泊旅行したことが思い出に残っていることをお話しした。コロナが沈静化しているので、多くの友人と同志の方が通夜に来ていた。M君の人間関係の広さと人間性を象徴する通夜の儀であった。
M君は、生まれ育ちにおいて、家庭的に恵まれてはいなかった。彼の願いは、家族に恵まれた家庭を築くことであった。その願いは見事に成就されたと言える。三人の娘さんとお孫さんに恵まれ良い家庭を築き上げた人生であった。彼は、歌謡曲と酒をこよなく愛する典型的な昭和の人間だ。義理と人情に熱く、繊細な一面はあるが、楽天的な性格である。長い間、営業面の仕事をしてきたが、彼にはふさわしい職業だったと思う。彼を一言で言うと、人柄の良い好人物であった。私とは50年を超える交流があった。人間のタイプとしては、私とは全く異なっている。信義を守ることにおいては、一致していると思っている。
2017年夏の箱根旅行では、酒を飲みながら昔の思い出でを楽しそうに話していた。彼の独壇場だったかもしれない。2018年に間質性肺炎で入院し、生死にかかわる危機を乗り越えたこと。2019年の5月にI君と裾野に来てくれた時に、その話しを直接聞いたことをよく記憶している。私の家の町内にある「おうちカフェ茶まり」でランチし、その後クレマチスの丘に行き、ヴァンジ彫刻庭園美術館を訪れた。帰りには、行きつけの「珈琲舎」でコーヒーを飲みながら談笑した。楽しい思い出の一日になった。
この8月23日に携帯に電話があった。「コロナが収束したら、またI君と一緒に裾野に行きたいよ。ランチが美味しかった。また食べたいね」と言っていた。「楽しみに待っているよ」との会話が最後になった。再発との心配はしていたが、信じ難い訃報だった。できるならば、もう一度会って話しをしたかった。とても残念な思いだ。誰一人として死は避けることはできない。私にも死が訪れるが、いつかは誰にも分らない。人生には色々あるが、「我が人生に悔いはなし」の境涯でありたいと願っている。M君もそのような人生であったと思っている。霊山にてゆっくり休んでほしい。生命の永遠を信じる我らである。また来世において会おう。
最後に、私の短歌を送る。
我が道を 歩みし人生 悔いはなし
信じるままに 選びし道なり