東北大震災から9年。復興は半ばである。時間の経過で、大震災を風化させてはいけない。

    <復興へ爛漫と咲く桜かな>

 

 私は、俳句や短歌を詠む才能はない。自分の想いや考えを俳句や短歌の形式で詠みたいと思うようになったのは最近のことだ。創造的なものは詠むことはできない。視覚で感じる写生のように詠むことしかできない。私のブログや句も、感じた思いを言葉で表現している。

言葉は大事なコミュニケーションのツールだと思っている。言葉に心を込めて表現したいとは思っているが、未熟さの故に満足とはいかない。しかし、学びこそ楽しいと感じている。

       「学びこそ 自身を磨く 特権なり

        向上心と 謙虚さ知るなり」 

   

 私が初めて短歌らしきものを詠んだのは、2005年の時だった。生徒との触れ合いが楽しく、教師を天職と感じていた頃だった。生徒には、この句とこの句の英訳を渡したことを記憶している。「この句が人生最初で最後かもしれない」と生徒に言ったことを。

             言(こと)の葉(は)に返してくれる君の顔

              豊かな触れ合いの時間(とき)

     When I say my words, you answer them with a smiling face.

       When I see your face, I feel as if my heart is filled with richness.

       I’m enjoying myself at this time.

 英語科の同僚で後輩の女子教員のMちゃんが「先生の歌は好きですよ。英語はストレートなので、照れくさい感じですね」との言葉が忘れられない。

 

    <青空に梅と富士映え酔いしれり>

    <青空に美しき富士聳え立つ>

    <青い空富士聳え立つ梅の里>

    <春の富士白美しや山中湖>

    <春の青い空聳えり富士白し>

 

       「蒼い空 富士美しや 山中湖

        白鳥遊ぶや 長閑なりけり」

 

 最近、梅と富士を見に岩本山公園(富士市)、梅の里(裾野市)に行った時のことや富士山を見に山中湖に行った時のことが印象深い。

青空、梅の花、雄大な富士山に感動したことを私なりに、稚拙ながら表現してみた句なのです。