昨日、「学びの森」に出かけた。1年ぶりに訪れた。小澤先生にお会いしたいからだ。今年度新体制を迎えたと伺った。

「学びの森も設立から5年目を迎えました。設立以来、中心となって活動していた小澤明弘指導員が退任し、新しく松山充彦指導員が着任しました。メンバーは代わりましたが、昨年度同様、指導員3名、事務員1名の4名でスタートをします。昨年度は、学校ごとに、主として訪問する指導員が決まっていましたが、今年度は、全指導員が、できるだけ多くの学校に訪問するように計画を立てています。先生方の研修や授業づくりに、少しでも力になれるよう、精一杯がんばりたいと思います。学校にも伺いますが、学びの森にも、気軽にお立ち寄りください。場所は、生涯学習センターの2階です。お待ちしています。」(“学びの森”だよりから引用)

 初対面の冨田指導員と話しをすることができた。昨年度、小澤先生から指導員が変わったので、紹介しますとのメールをいただき、小学校英語の授業学校訪問の予定も知らせていただいていた。体調不良のために、失礼したままであった。お会いできなく残念な思いでいる。

小学校英語は、2020(令和2)年、教科になる。つまり、教科書を使い、成績評価がされる。5年生からの実施になるが、裾野市は前倒しで実施されていると。「外国語活動」と「英語活動」(教科)として、実施していると聞いた。報道によると、検定教科書の採択がなされている。単語の語彙数が600語を越えている。この語数は、現在の中学必修語を上回るのではないか。同時に、「読む」「書く」の活動が導入される。「聞く」「話す」の活動に加わることになる。私は、「英語嫌い」を作ることに、危惧を抱いている。小学校では、「聞いて話す」という日常的なコミュニケーションができれば十分であり、最も大切なことは、「楽しさ」を子どもたちが感じることだと思っている。グローバル化された世界に取り残されないためにも、英語に早く触れることには賛成の立場であるが、「読み・書き」は、小学校では全く必要ではないと私は考えている。「英語嫌い」を助長しかけないからだ。小学校で、コンプレックスを抱くと、以降、それを克服することは実に難しいことだ。私の歌を歌うことへのコンプレックスは、小学校時代からのことだ。先生の一言からだが。

 文科省のエリート官僚は、まったく現場のことがわかっていない。勉強が苦手な子どもたちの気持ちがわかっていないのだ。教育は、「子どものため」にあるが、私の持論だ。子どもたちの心に寄り添う教育でなければならない。また、小学校の先生は、やるべき仕事が増えており、「働き方改革」は、実態を伴っていない。端的に言うならば、教員の数を増やすしかない。それは政治家の仕事だ。行政を担う政府の政治家の失言が目立っている。文科省大臣は、教員定数の改善に努力してもらいたい。名ばかりの「働き方改革」になっているのが、現状だ。「道徳」が教科化され、「プログラミング教育」も導入される。教員の仕事量は、半端ではない。授業方法も、「アクティブラーニング」になった。これは当然のことだと思っている。「詰め込み教育」の弊害は大きい。生徒が主体的に学ぶとの理念は、支持する。同時に、忘れてはならない点は、基礎・基本の部分は、きちんと教えなければならないことだ。日本の教育は、極端に偏っている。バランスが大事だ。基礎知識を学び、物事を自分で考え、判断し、行動できる「生き方」を身につけることが教育なのではないか。

 英語教育の流れが変わって来たのは、大学入試が変わるからであって、教員の受験教育への意識は、進学校では、変わっていないと、後輩の教員から聞いている。教育に、数値や成果主義を持ち込んではならないということがあまりにもわかっていない。教育行政及び多くの教員に言えることだ。「評価」の問題があるからだが。

 私は、公立高校の現場しか知らない、義務教育の現場は、高校とは質が異なる。英語指導には、関心が強く、試行錯誤の教員人生を歩いてきた人間だ。私の孫(煌)が、小学校英語の教科へ移行する対象になる。是非、自分の目で確認したいと思う。

 冨田指導員とは、有意義な教育談議ができたと私は思っている。私の持論を聞いて頂いた。共感できることが多くあったと感じている。

授業を参観する機会を楽しみにしている。