4月1日に、新元号「令和」が発表された。6案の中では一番良いと思うが、響きの強い言葉と感じた。万葉集から、「初春の『令』月にして、気淑く風『和』ぎ」が典拠だと。平成は、31年4月30日で終わる。平成の元号が、1989年1月7日に発表された時の記憶は鮮明に残っている。平成の時代は、日本にとって、戦争に巻き込まれない平和な時代であったが、先行きの不安を感じる時代になった。異常なバブルが崩壊し、長い経済不況を経験した。一時の一億総中流社会から「格差社会」へと大きく変貌した。阪神・淡路大震災(平成7年1月17日)、東日本大震災(平成23年3月11日)、熊本地震(平成28年4月14日)の大災害で、数多くの人命を失った。地下鉄サリン事件(平成7年)、アメリカ同時多発テロ(平成13年9月11日)、IS・イスラム過激派組織による残虐非道なテロがあった。テロへの恐怖感を抱く時代にもなった。少子高齢化問題及び財政・教育・凶暴な犯罪等の深刻な社会問題を抱えている。国民の多くが、将来に不安感を抱いている。
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私は、令和元年6月に72歳になる。この10数年間は、体調の波が大きく、精神的に落ち込み、ネガティブな思考状態が長く続く経験をしてきた。昨年の冬は、春のようなメンタルだったが、今年の冬は、実に厳しい精神状態だった。波の激しさを感じる一年だった。
私の道を振り返ると、中学から高校、高校から大学、大学から社会人へと激しい受験戦争を経験し、競争社会を歩いてきた。いわゆる団塊の世代と称され、そのトップランナーが昭和22(1947)年生まれだ。良くも悪くも戦後の日本社会に大きな影響を与えてきたのが団塊の世代でもある。戦後のひどい貧しさを経験してきた。経済は朝鮮戦争特需から「高度経済成長」へと向かった。第1回東京オリンピック(昭和39年10月)の開催を契機に、社会インフラが整備された。東名高速、東海道新幹線が開通した時期だ。2020年(令和2年)には、第2回東京オリンピック・パラリンピックが行われる。国民の期待が高まっている。「おもてなし」の国・日本として、海外のお客様を迎えたいとの想いだ。
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私たちは、過去二度にわたるオイルショック(昭和48年、54年)を経験した。その後、バブル景気(昭和61年-平成3年)に浮かれていたのが日本人だ。そのバブルが崩壊し、経済不況になり、平成20年のリーマンショックによる世界的金融危機以来、「デフレ経済」に突入した。小泉政権(平成17-18年)の規制緩和政策の結果、経済的格差が広がり、非正規雇用者が40%を占める「格差社会」となった。安倍政権のアベノミクス政策により景気が回復し、デフレ脱却と言っているが、トリクルダウンは幻影であり、大企業の業績は良くなったが、大多数を占める中小企業には、成果が及んではいない。国民には、景気回復の実感はない。格差が更に拡大したのが現実だ。人手不足が深刻な問題になっている。安倍政権の成果至上主義の考え方が民間だけではなく、公務員・官僚の世界にも及んでいる。保身と出世欲の固まりがエリート官僚だ。政権権力への「忖度」との言葉が流行語にもなっている。今回の塚田国交副大臣の「私は忖度します」発言が物議をかもし、辞任に至った。「森友・加計学園問題」以来、「忖度」のもつニュートラルな意味が、悪いイメージの言葉になった。
社会は、グローバル化し、国際競争の激しい経済至上主義・科学技術の優先時代へと変化した。「人間らしさ」が失われようとしている。テレビ、自動車、コンピュータの発展により、ワールドワイドな情報社会となり、マスメディアが国民に大きな影響力を持っている。そのメディアへの政権介入の懸念がある。コンピュータの急速な進歩とともに、インターネット・スマホ社会となり、I・T産業時代へ変化した。様々な分野でA・I(人工知能)が導入されている。「人間とは何か」が問われている。平成の時代は、アナログからデジタルへと変化したと言える。
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私の好きな英語由来の言葉に、「経験は良師なり」がある。私は、試行錯誤をしながら、「自分らしく、正直に」をモットーに、教員人生を歩いてきた。その道には、私のプライドがある。心の弱い人間だが、圧力に対し抵抗するタイプの人間だ。反権力意識の強さは、昔から変わっていない。教員世界の中でも、異端とも見られることもあった。自分自身は変人でもないし、常識的な発言をしてきたつもりだが、考え方の「物差し」が違っていた。「何のために」の目的観を大切に、結果へのプロセスを重視し、結果至上主義、成果主義を否定してきた。教育は、「生徒のため」にある。この信念に変わりはなかった。40歳頃のある時に、同じ教科の先輩教員から「相川さんは、自由人だね」と言われたことをよく記憶している。自由人との言葉を良い意味として理解した。一言で言うと、組織に縛られない人間ということになる。束縛を嫌う典型的な人間が、私だ。教員組織の中でも、物事を自分で考え、判断して自分の言葉で発言してきた。生徒に対しても、一人の人間として話しをしてきたつもりだ。赴任した学校で、「相川先生は、先生らしくないとか、他の先生とは違う」という生徒の言葉をよく耳にした。私が人物を評価する基準は「言行一致」にある。「信頼」を大切に心がけてきたとの自負がある。生徒に対して、上から目線の発言や指導をしなかったと、はっきり言える。一般的に言うと、多くの教員は真面目であるが、建前で物事を言い、本音を言わない傾向が強いと感じてきた。保身をはかる心は、誰にでもある。どの世界でも、所詮は「人」によると痛感している。結局は、悩み苦労した人間でないと、人の辛さを思いやることができない。
イチロー選手の引退会見の最後の言葉は「アメリカに来て、メジャーリーグに来て、外国人になったこと、アメリカでは僕は外国人ですから。このことは、外国人になったことで人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。この体験というのは、本を読んだり、情報を取ることができたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので。孤独を感じて苦しんだこと、多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと今は思います。だから、つらいこと、しんどいことから逃げたいというのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気のある時にそれに立ち向かっていく。そのことはすごく人として重要なことではないかと感じています。」です。とても印象深い言葉だ。エリート官僚や政治家には、このような経験・体験がないと言える。挫折感を味わい、挑戦する心を持ち続ける人にしか言えない重みのある言葉だ。人の心は、お互いにわからないが、人の気持ちを想像し、思いやる心を持てる人こそ立派だと思う。地位や立場ではない。
もう一つの好きな英語の言葉に、「人間の価値は、その人の持っている物(財産)にあるのではなく、その人柄(人格)にある」がある。人生の師は「人間の価値は、財産でもなければ、地位でもない。どのような哲学を持ち、どのような実践をしているかで決まる。いかなる困難にあっても、決して屈しない。そのような『人格』を鍛え、自分自身として輝き続ける。それが真の人間の誇りなのだ」と。私には、地位も財産もないし、それらを求めて歩く道を選択しなかった。世渡りが下手な不器用な人間だが、「自分らしさ」を求め、人間関係を大事にし、ありのままに歩いてきた人生の道だ。座右の銘は「心こそ大切なれ」との言葉だ。この言葉を私の墓誌に刻んだ。サンテグジュペリは、星の王子さまの中で、「大切なものは、目に見えない」と。人の心は瞬間に変わるし、心の中は見えない。しかし、目に見えるものを追いかけ、大切なものを失うような道を歩きたいと思わない。
自分なりの価値観を持ち続けて、残りの人生の道を歩みたいと思う。