隆雄は、陽子の気持ちを確認して、その日は別れた。
陽子は、家を出るつもりで伊東へと来たようだ。他に行く当てもなく、家に帰ったが、それからが大変だった。
父の孝の怒りがおさまらない。二度と隆雄に合わせないと。
西山の家が大変なことになっていると、大谷から電話が何度もかかって来た。
大谷は「これからどうするつもりなのか」と隆雄に言った。「母親が心労で床に伏しているそうだ」と伝えてきた。
「陽子さんも、もうお前には会わないと言っている」と。「今の俺にはどうにもできないよ」と大谷に言った。
「陽子さんが結婚してもいいのか」「彼女がそう望んでいるなら、いいけど」「彼女の本心なのか、わからいよ」
「とにかく、お前はどうするつもりだ」「もう少し時間がほしいよ」「まだ一度会っただけだ。先のことはまだ無理だ」
隆雄と大谷は、電話でこんなやりとりをした。ともかく、隆雄は陽子の気持ちを知りたかった。
デートの時に感じたことに疑問はなかった。陽子は「これから先どうなっても、相沢さんについていきたい」との言葉を信じていた。
隆雄は、いい加減な気持ちで陽子とつきあうつもりはなかった。
数日経ってから、陽子に会いに横浜に行く決断をした。
隆雄としては、結婚の許しをもらうためにしか、女性の家に行くつもりはないとの考え方をしていた。
隆雄は、自分の気持ちの中で、妥協することになった。
母親のお見舞いということで、西山の家に行った。妹が二人、弟が一人の6人家族だった。
県営の団地に住んでいたので、家は狭かった。家に入れてもらい、挨拶をした。
母親は床に伏していたが、起き上がって話しをすることになった。父親も怒ってはいたが、人の良さを感じた。
隆雄が電話で言ったことに、言い過ぎがあったことは謝ったうえで、本当の気持ちを正直に話した。
母親の人柄や、性格を直感的に理解した。「このお母さんの娘なら、大丈夫だ」と隆雄は内心思った。
話しが急展開することになってしまった。隆雄の父親が知っているのか。結婚についてどう考えているのか。
「私は自分のことは自分で決めるので、親の気持ちとは関係がありません」と話しても理解してもらえなかった。
隆雄の父親に会って話しを聞きたいと譲らなかった。
隆雄は、その日は川崎の家に帰り、父親にすべて話しをした。
隆雄と父は西山の家に行くことになった。今でも、父に感謝していることは、じっと我慢してくれたことだ。
西山の父のペースでことが運ばれてしまった。隆雄は、帰りながらの話しの中で、父にわびた。
父がよく怒らなかったと今でも思っている。「隆雄の気持ちのままにさせてやりたかったから、黙っていた」と。
明治生まれの封建的で、頑固な父だったが、大切な息子のためによく我慢してくれた。
父の隆雄への愛情の表れだった。