下田は歴史のある観光地であり、きれいな海岸がたくさんある。下田から南へ向かうと、鍋田浜海岸、多々戸浜海岸、入田浜海岸、吉佐美大浜海岸、田牛海岸と続き、南伊豆海岸へとつながっている。海がとても綺麗な海岸線だ。田牛を読める人は、伊豆を何度も訪れている人だ。地元の人にしか読めない漢字でもある。隆雄には、音と漢字がどうしても結びつかなかった。音がとうじで、漢字が田牛なのだ。3年生の生徒が卒業の時に、民宿で宿泊のクラス会があった。隆雄は、その時に招かれて行ったのが初めてだった。田牛浜はサンドスキーでよく知られていたが、浜辺へと出なかったのでよく知らない。最近知ったのだが、龍宮窟という名の海蝕洞窟がハートの形をしているパワースポットとして人気があると。灯台下暗しとはよく言ったもので、隆雄は5年間住んでいたが、知らない所が少なからずあることを改めて感じている。マイカーがなかった頃なので、バスを使って移動するしかなかった。鍋田、多々戸、入田へは自転車でよく行ったものだった。鍋田海岸は、
全日制の水泳教室にも使われていた。山の上には東急ホテルが建っている。海岸の近くに素敵なカフェができた頃だった。その辺りから、下田海中水族館にかけて、和歌の浦遊歩道があり、海が綺麗で、散歩して歩くには絶景のスポットだった。隆雄は疲れた時に、よくこの海岸に来ていたことを思い出している。独身寮から自転車で来ていた。今でも目に浮かんでくる眺めだ。自転車を押しながらこの場所をを歩いていると、とても癒された。何度も足を運んでいた。隆雄は泳ぐことはあまりできないので、鍋田海岸の浅瀬で泳ぐ程度だった。多々戸や入田はサーフィンができるので、サーファーが多くいた。泳ぐには適さない海岸だった。下田から東へ向かうと、ペリーが来航した下田湾から、須崎へとつながる。この須崎には御用邸がある。御用邸には、一般の人は立ち入ることはできないので、よくわからないが。皇太子殿下が水遊びをしたことを耳にしている。それほど素晴らしい場所ということだ。須崎の民宿で、何回か職員で宴会をやっていた。須崎の伝統料理が、いけんだ煮みそという漁師鍋だ。須崎はとても小さな漁村だ。その須崎から歩いて行くことのできる浜辺が爪木崎である。冬に咲く水仙の群生地として有名で、とても良い所だ。落ち着いた静かな入江にかわいい水仙の花が咲いている。水仙の時期は冬なので、風も強く寒いことも確かだ。爪木崎灯台までの往復を散歩した。灯台へ行くと、太平洋を見渡せる眺めが素敵である。下田には、海を見渡せる海岸が豊富で、自然豊かな地である。
下田の街中にも、歴史的な観光の名所がいくつもある。紫陽花で有名なのが、城山公園である。梅雨時に、山一帯に紫陽花が群生している。まるで紫陽花の絨毯のような眺めである。一眼レフカメラを持つようになってから訪れてはいないので、今年の6月にでも、陽子を連れて行ってみたいと隆雄は思っている。数年前に訪れて、紫陽花を見ているのだが。下田は、彼にとっては、第二の故郷のような土地である。この地で陽子との結婚生活がスタートし、長男の亮一が生まれた場所でもある。陽子にとっても思い出が深い土地である。隆雄以外に誰も知り合いもいない新婚生活が始った。昭和47(1972)年の5月のことだった。結婚式は4月29日の天皇誕生日(昭和の日)に川崎で挙行された。隆雄が招いたのは友人がほとんどだった。学校からは、星川校長と入山教頭の二人の管理職と同居していた佐藤浩一の三人だけだった。佐藤さんが同僚を代表していた。あとの参列してくれた人たちは大学時代の友人と先輩だった。小規模な結婚披露宴だった。