裾野市生涯学習センターの3階で上映された映画・食育活動の記録「いただきます」を見た。来場者が少なく残念な気持ちがしたが。大勢の人たちに見てもらいたい記録映画だ。福岡市高取保育園の園児の明るく生き生きとした姿が実に印象的だ。このような園児を育てている西園長(86歳)の「食育」への情熱に敬意を表したい。園長の退任の言葉に、「自分の命を自分で守るためには、和食が大事である。みそ作りで園児の責任感が育っている。子どもでも自分でできることはする」との教育理念に賛同を評したい。良い姿勢は感謝の心を育てる。幼児教育で生きるたくましさを育てる。その教育実践が園児の姿に表れている。素晴らしい教育者と敬服している。「命」の大切さを「食育」を通して子どもたちに伝えている。「子供らしさ」が失われている社会環境になっている現代において、幼児教育の在り方を示していると感じる。日本の伝統文化は、戦後アメリカの影響を受けて変化していった。アメリカナイズされることが、現代化のように考えられてきた傾向がある。アメリカ人は、移動する牧畜民族で、パンと肉を主食としてきた。彼らは肥満の問題を抱えているのが事実である。私たち日本人は、定住する農耕民族のDNAを受け継ぐ日本文化の歴史を有している。戦後の欧米化によって、日本の文化が変容し日本の食文化も大きく変わったと言える。戦後の学校給食の歴史にも顕著に表れている。この高取保育園は給食を和食にして、行政の基準を満たすようにしてきたようだ。世の中の大勢が洋食化した中での実践である。実に素晴らしい教育実践と言える。教育は「人を育てる」ことが目的である。食育を通して「子どもたちの心」を育てている。5歳児が4歳児に「みそ作り」を伝えている。みそ汁がおいしいのは、「心を込めて」みそを作ることにあることを園児はわかっている。園児の素直で真っすぐな心と感謝の心が育っている。心の教育と口では簡単に言うことはできるが、子どもの心に根付くような教育はなかなかできるものではない。その証拠に、卒園した園児が、小学校、中学校、高校の卒業式の後に、高取保育園を訪れていることがすべてを表わしている。「三つ子の魂百まで」とのことわざがあるが、まさにその通りだと改めて感じさせてもらった。現代社会が見失っていることがこの保育園にあるということだ。野菜のいのち、魚のいのちをいただいて、人の命があることに感謝できる心を持つ人を育てる園長は真の教育者と言える。知育・体育・徳育の根源に「食育」があるとの教育理念が素晴らしいし、それを見事に実践していることにこそ価値があり、評価することができる。玄米とみそ汁の給食とリズム体操の体育が重視されている。玄米を食べる時に、100回かむことを習慣化している。かむことの大切さを教えている。咀嚼(そしゃく)との言葉を思い出した。広辞苑で咀嚼を引いてみると、①かみくだくこと。かみくだいて味わうこと。②物事や文章などの意味をよく考えて味わうこと。とある。食だけではなく、物事にもあてはまる言葉であり、私的に言うならば、教えることの基本ではないかと思っている。教員は教材及び指導する事柄を自分で咀嚼して教え、指導に当たらなければならないことを意味している。きちんと咀嚼できなければ、自身の骨となり肉とすることができないということを意味する。「感謝」の時間を過ごすことができたと素直に感じている。