人間関係の「大切さ」は多くの人が思っていることだ。しかしその「難しさ」
も感じている。私は交際範囲の広いタイプではないが、関係のある人を大切に
したいと思って人生を歩いてきたつもりだ。今までにどのくらいの数の人と知
り合ったかはわからないが、長く人間関係が続いている人は少ないものだ。
現役で働いている時は、同僚との関係を大切にしてきたとは思っている。
42年の間、教員の世界にいたが、「人間関係」がキーになったことは間違い
ない。同僚との関係、生徒との関係も原理は同じだ。言うまでもなく、人間関
係の基本は「挨拶」から始まる。その挨拶の仕方にも「人柄」が表れてくるも
のだ。気持ちの良い挨拶ができる人は、好感が持てる。お互いの最初の印象が
その後の関係に影響を与えてくるものだ。人間は感情の動物であるから、
「好き嫌い」が出てくるのは自然なことと言えるだろう。
私の中で、人の判断基準は「信頼」の二字に尽きる。お互いに信頼し合える
関係を築くことができるかどうかである。夫婦の関係でも同じだ。では信頼の
基準をどう判断してきたのか。一言でいうと「言動」が一致しているかどうか
である。言うこととやることが違う人が多いとも言えるが、言うべきことをき
ちんと言える人は実に少ない。陰で不満や人のことを悪く言うタイプの人が多
くいる。また、言うだけで自分ではやらない人も多い。自分の利害だけが基準
になっているのだろう。はっきり言うと、「自分勝手」な人が多いのが人間社
会の現実だ。それ故に、良い人間関係を大切にしたいと思いながら70年に及
ぶ人生を「自分らしく、正直に」歩いてきた自負がある。
私には、数は多くはないが信頼できる良き友がいる。家族と友が私の財産で
ある。昨日はその中の4人に電話をかけて話しをした。楽しいひと時だった。
Oとは1時間の長さだ。二人の話題は特別だから、過去においても短時間で終
わったことはない。彼は「相川と話しをするには覚悟がいる」とよく言ってい
るくらいだ。実際には、なかなか直接会う機会はない。会って話したのは、
2年半前のことだ。話しをしていると、色々な話題になり、単なる雑談にはな
らないので、どうしても長くなってしまうのが事実だと思っているのだが。
前回の電話では、私の体調を心配してくれていた。今は、ラインでもやり取り
をするようになっている。大学の後輩のE君との話しで、「相川が元気がない
から、二人で励ましに行こうか」との話しを聞き、E君にも電話をかけて話し
をした。親友のKの体調が悪く心配している。退職して2年半になるのだが、
この2年間、医者へ通う以外にほとんど外出もできない状態と聞いた。非常に
心配だ。Oにもそのことを伝えた。彼がショートメールを送ったところ、折り
返し「心配かけてすまない」との返信を受けたとラインで送ってきた。病気に
よっては、日常生活に支障が出て、ほとんど何もできない状態になることは、
自身の体験でよくわかる。とても辛く、精神的にも参ってしまう。健康が全て
の基本である。健康である間は、健康のありがたさがわからない。このことは
何事にも当てはまる人間の心だ。そもそも、幸福、平和も当たり前のことでは
ない。(そもそもには、基本的にとの意味はない)
ともかく、人は人との関わりなしには生きて行くことはできない社会的動物
でもある。日本は、少子高齢化、コンピューターによる情報化社会へと変化し、
日本を取り巻く環境にも危機感が生じている時代だ。そういう時代だからこそ、
より「人間関係を築く努力」をし、大切にしていかなければならないと強く感じ
ている。