次に職員との人間関係に触れておく。基本的には、麻雀に関わる関係性が一

番強い。転任して来た頃から亡くなる数年前までの松島さんとそのグループと

の関係、また、6人で遊ぶ会で「六遊会」と称し、年に1回年度末に宿泊する

ことがほぼ20年続いた。その第1回が平成2年で、私が転勤するつもりで、

宿泊の提案をし、国語の教員のTさんが命名した名前で「りくゆうかい」と

読む。この年度末に父が亡くなり、第1回は参加できなかった。その中でも、

年長者のTさんを含む4人の付き合いは、昭和59年以来になるが、私の体調

のために、5~6年前に宿泊の会は止めたが、年に数回の麻雀は続いていた。

現在は年長のTさんの体調でドクターストップがかかり、2年前の夏の予定が

キャンセルになってから囲むことはない。かつては三島の雀荘を使っていたが、

そこが閉店になってからはTさんのお宅にお邪魔していた。このメンバーの幹

事をしていたY君がこの3月で定年を迎えた。そのお祝いをしてあげたいと考

えている。来月にもう一度囲む機会を作ることになった。

 この学校には、10年間いただけに、多くの人とコーヒーを飲みながら、空

き時間に雑談したり、図書館司書のOさんともよく話しをした。教頭のAさん

とも野球の話しをしたし、その後の教頭のYさんともよく話しをした。教頭で

転任してくる前から、Yさんとは、親友の松島さんの関係で知り合い、よく麻

雀をやった人である。彼が管理職になってからは麻雀をする機会はたまにこっ

そりとする程度になった。私が転勤してからもその関係は続いていたが、およ

そ10年前からは途絶えた。

 次に私生活の面を書いておく。最大の出来事は、昭和58年に裾野市に家を

新築したことである。その新築と同時に、川崎にいた両親と同居するようにな

った。8月に引っ越したので、長男が10歳で4年生、次男が8歳で2年生の

2学期に、裾野西小学校に転入学した。同居から父親が亡くなる平成2年まで

の約7年間は本当に大変だった。親子といっても、生活習慣の違いによる溝は

埋めることはできなかった。父が私の妻に求めることと妻の言い分には隔たり

があった。私はその間にあって、どちらの肩を持つこともできずに心労が重な

った期間であった。父の無理にも私は口を出せなかった。子どもたちにも辛い

思いをさせた。一度長男が怒って父になぐりかかろうとしたことがあった。

その時は、長男を叱りつけて止めるしかなかった。事の非は父にあることを知

りながら。私が後で長男に謝ったことは忘れてはいない。そんなわけで、子ど

もたちは、祖父母から可愛がられた記憶はないはずだ。昔から義母は父には何

も言えなかった。私の世代でも考えられないが、今の時代では信じられないだ

ろう。両親は月に1度の割合で、川崎に住む義理の娘(私と血筋はない)の家

に行き、その子どもの言うことは聞いてあげたようだ。父が亡くなってからわ

かったのだが。川崎に行って帰って来た時に、もめることがよくあった。両親

の不満に同意し、さらに煽るようなことを言ったとしか理解できなかった。

父は何度も家を出たいと言い、アパート探しに付き合わされた。しかし、年寄

り二人に貸してくれるような物件は見つからなかった。こんなことを書くこと

自体辛いことであり、辛いことを思い起こすことになるが、事実は残して置き

たい。私は父の臨終に間に合わなかったが、入院中に妻がよく面倒を見てくれ

たことに感謝の心から「ありがとう」の言葉を残して亡くなったことが救いだ。

今の時代は同居は更に難しいと思う。お互いに離れていれば見なくてすむこと

が、一緒に暮らすとそうはいかない。お互いに感情の動物である。気になるこ

とは気になるのだ。その心の動きを抑えることはできない。感情は理屈ではな

い。親子でも所帯となると生活文化が違う。お互いに余分な気遣いをしないで

すむならそれにこしたことはない。相手の立場を思いやることが大切なのだが、

感情の部分はどうすることもできない。現在、私たち夫婦と長男家族とは同居

はしていない。隣に狭いながら、3階建の家を新築して近くのアパートから引

っ越して来たのが平成23(2011)年の4月26日だった。二人の孫には、

隣にも居場所があり、毎日行ったり来たりしている。長男の妻の実家も市内に

あるので、孫たちはそこにも居場所がある。翔は私たち夫婦と60歳違いで、

今年の12月6日に10歳になる。煌は2月22日に7歳になった。二人とも

元気で育っているが、一緒にいると喧嘩ばかりしている。煌の方が性格がきつ

く負けず嫌いだ。親が共働きのために寂しさもあるように感じているが。

妻が孫たちの相手を好くしている。私は孫たちの様子を見ているに過ぎない。

ともかく同居よりもこの形態の方が良かったと思っている。