平成2年からは、普通科男子3クラスの授業を持ち、副担任の立場になった。
この学年は、三島南高校普通科最後の男子クラスになる。この学年の指導は、
私の教員経験で最も困難な3年間だったと思う。ともかくエネルギーをもてあ
まし、生徒指導の問題が多発した時期である。この経験で、困難校の指導の大
変さを実感した。この学年では、教師という肩書は通用しなく、教師の力量が
試されたとも言える。商業科の教員は、試験の監督することさえ拒否していた。
授業を成立させることのできる教員はごくわずかだった。私個人は、授業が大
変だったとは思ってはいなかったのだが。担任は、他の教員からの苦情にも対
応しなければならない状態で、喫煙、暴力、器物破損の生徒指導で追われ、
毎日のように生徒指導の会議が行われていた。私は進路課に所属していたので、
生徒課の会議には出ることはなかったが、職員会議も当然多くなっていた。
職員会議では、担任の主張を支持してきた。そのおかげで退学しないですんだ
生徒もいる。教科の単位認定でも担任の要望は受け入れた。そのために進級で
きた生徒もいる。この学年が3年になる前の3月に私の同僚のTさんが体調を
悪くして、3年生の担任ができないので、私に担任をやってほしいとの要請が
あった。私以外に担任ができる教員はいなかったので、その要請を受け3年生
の担任をすることになった。そのTさんとは、私の麻雀仲間でもあったのだが。
3年の担任になってまもなく、番長のKが生徒指導問題として上がってきた。
この生徒とは、2年次の授業で、私が叱って注意したことから一触即発の状態
になり、その様子を取り巻き連中が注視していた。私も腹を据えて、この生徒
と取り組んだ生徒である。この時の情景は今でも鮮明に記憶している。この生
徒が男子クラスに影響力を持ち、悪の元凶であった。普通は、生徒指導の問題
を起こした生徒を擁護するのが担任の情であり、立場でもある。生徒指導はも
ちろん学年として対応するものだが、学年によって指導の方針が違い、他の学
年との対立も生じることがある。また生徒課の指導方針もある。過去には、
私はある生徒課長と対立した経緯もある。私が最初に持った男子クラスの時の
ことだが。私のクラスに、長男と小学校が同級生のS・Kがいた。その生徒は
体育の教師である生徒課長に対してことごとく逆らっていた。そのために生徒
指導の対象にされることが多かった。彼は依枯贔屓の強い教員で、私はそうい
う教員を嫌っていたし、生徒も同じである。
話しを戻すと、Kに対する評判は教員の中でも特に悪かった。裏で他の生徒
をそそのかし、自分は表に出ないように立ちまわっていたのだ。とにかく表面
上は問題を起こさなかったのである。頭のいい生徒で、悪知恵が働く。そのK
が生徒指導に上がったのを機会に、何度も家庭訪問をして、方向転換を勧めた。
実質的な退学勧告である。私はこの生徒の擁護はしなかった。私の担任経験で、
定時制以来2度目のことである。一人の悪を取り除き他の生徒を守るために取
った非常手段である。この生徒は退学し、風の噂で大学検定試験に受かったと
聞いている。それ程の生徒であるが、私の指導が及ばない生徒であった。この
出来事が、クラスの生徒、特に取り巻き連中が(7・8人)どう反応するかに
注目していた。結果的には、私を支持してくれた。それ以来私を「ボス」と呼
び、私には逆らわないと言った。しかし、他の教員の言うことは無視していた。
他の教員の授業では、トランプをやったり、話しをするは、物は投げる始末で
ある。教員は黙って黒板に向かって、生徒に背を向けて板書をしていて、注意
もできないのだ。生徒指導担当の教頭もそうである。その教頭は転任(昇格)
して来た時の「私は、生徒課長をやり、いささか生徒指導には自信がある」と
の言葉を忘れてはいない。所詮進学校での生徒課長であり、馬鹿な見栄を張っ
たと思っていた。彼がどんな気持ちで授業をしていたのか想像がつかないが。
この生徒たちは、立場や、建前論では通用しなかった。この生徒たちにホーム
ルームでは「お前たちの態度も度が過ぎている」と何度も注意したが、その効
果はなかった。この生徒たちを私は何とか卒業させた。他の教員たちからどれ
ほど苦情を言われたことか。その教員たちは自分では指導できなかったのが事
実である。この生徒たちの卒業した年(平成4年)に転勤した。その離任式に
7~8人の男子生徒が花束を持ってきてくれたのだ。「お互いに似合わないな」
と私は感謝の表現をそんな言葉で表して笑っていた。このことは生涯忘れられ
ない想い出となっている。
蛇足ながら、今村復興大臣の「あっちでよかった」との失言で辞任に追い込
まれた。現地の被害者に本気で寄り添う気持ちのなさの表れで、本音がでた発
言だ。政治家の資質としてだけではなく、人間としての問題を感じている。
このような人物は教育の世界でも通用しない。人の心に響く言動が望まれるこ
とは、どの世界でも共通することではないか。