連日メディアで報道されている「森友学園問題」に関心を持っている。
私の最大の関心は「不正疑惑問題」よりも塚本幼稚園の「教育内容」にある。
園児に「教育勅語」を唱和させている動画や運動会での園児たちの宣誓で唱え
た政治的な言葉に唖然とした。このような国家主義的な教育をする小学校設立
に「賛同する力」が働いたことに危惧を抱いている。「教育勅語」は戦前の天
皇を神格化した「国家主義」イデオロギーを想起させるものだ。
本日付けの毎日新聞に掲載された「時代の風」に、作家の中島京子氏が寄稿
した文章を読んだ。見出しに「森友問題の本質」・イデオロギー教育の危険と
ある。まさに同感との認識だ。中島氏の文章の一部をそのまま引用すると、
「森友学園=塚本幼稚園を支えてきたのが、戦時中の思想に帰ろうとする政治
運動であることは、いまやもう誰も否定しないだろう。団体名も出た。『日本
会議』だ。現閣僚のほとんどが参加している政治団体ということだ。」
「私が恐ろしいのは、戦時中の思想に帰ろうとする政治運動に賛同している人
たちが、日本の教育を変えようとしている事実、そのものだ。関与が取りざた
された政治家の誰一人として、『教育勅語』を否定しなかった。」
「国家主義的な思想を持つ人々の悲願『道徳の教科化』がなり、検定教科書に
イデオロギーを盛り込むことができるようになった」と書いている。
記事によると、「教育勅語」の学校現場での扱いについての政府の答弁書で
は「わが国の教育の唯一の根本とするような指導を行なうことは不適切だ」
同時に、「憲法や教育基本法などに反しないような形で教材として用いること
までは否定されない」との見解を示したとある。
私は日本の「教育の右傾化」を危惧している。道徳教育を否定するつもりは
ないが、道徳の教科化の必要はないし、教育行政の誤りだと考えている。検定
教科書を作り、評価する考え方の根拠が全く理解できない。道徳は知識ではな
く、「人としての在り方」を子どもたちに考えさせ、学び合うことが大事なの
ではないか。そのサポートするのが教師の役割となるが、教師の「物の見方・
考え方」が問われることにもなるのだが。物事の善悪の判断ができないような
残酷な事件があまりにも多くなっているのが社会の現実だ。「子どもは社会の
鏡」である。教育がより大事な時代であることは言うまでもない。
籠池氏のような人物は教育者ではないし、教育に携わる資格もないことが、
今回の森友学園問題で発覚したが、この森友学園の教育内容に賛同してきたの
が「日本会議」の政治家や安倍首相の妻昭恵氏であることは明らかだ。今回の
問題は、単に籠池氏の不正疑惑問題として決着を図れば済む問題ではなく、
底流には「国家主義」イデオロギー教育の危険性が潜んでいることを認識しな
ければならないと思う。