友との語らいは、実に楽しい。この数日携帯で連絡を取り合って、会える

日を探していた。昨日お昼過ぎには時間の都合がつくということであった。

友とはF君と呼んでいるが、O・Tさんのことだ。彼のことはすでに何回も

このブログで書いている。1972年に出会った。私が結婚した年と月でも

ある。それ以来の付き合いだ。40年を超えている。何か共通の趣味がある

わけではなが、少なくとも年に1回は、私の家に来て話しをする間柄だ。

昨日はお昼少し過ぎた時間にきたので、お昼を食べに行った。私の散歩コー

スになっているところだが、黄瀬川の花園橋の袂に白い建物が建ち、

「ビューティーチェリー&カフェ」の店できた。すでに数回行っている。

私は日替わり弁当を、F君は焼きカレーを注文した。二人とも「美味しかった」

との感想だ。その後で、この店が以前あった場所に「珈琲舎」が11月23日

にオープンした。私はその翌日にコーヒーを飲みに行っている。この店に行っ

てゆっくりと話しをした。それができる店の雰囲気で、店の主人ご夫妻も素敵

な方たちである。ご夫妻とも初対面から話しをさせて頂いている。今回もF君

を交えて、コーヒーや紅茶の話し等をした。日本茶、ウーロン茶も話題になっ

た。彼はインドの紅茶が美味しかったとの思い出を語っていた。私はコーヒー

が好きで、チョコレートがつまみの飲み方をしている、故にストレートで飲む

習慣になっている。コーヒーの味がそれほどわかるというわけではないが、

「好きだ」ということだ。ウーロン茶に関しては、台湾で飲んだお茶が最高で

忘れることはできない。お土産に買ってきて、妻にも飲ませたが「香りも良く、

美味しい」と言っていた。この話は奥さんと意見が一致した。美味しいウーロ

ン茶を出してみたいとも言っていた。私も飲みたいと思っている。お茶の葉の

コストが高いのが事実なので、商品化が可能かどうか難しいとは思う。

もう一度台湾のウーロン茶を飲んでみたいとは思う。F君との話しは、旅行、

カメラ、絵画、人生、政治、宗教、教育、健康などの広範囲にわたっている。

美術館に通うのが彼の奥さんの唯一の趣味で楽しみであるという。そのために、

彼は画家や絵画の勉強をして一緒に美術館に行っているので、知識が豊かで

ある。しかし、あまり良いと「感じる」ことは少ないようだ。知識が邪魔をしている

ように思うが。私のように知識の無い人間は、「感じる」かどうかで判断する。

画家のことや画の知識の無いまま「感じる」だけだ。先日、箱根の成川美術館に

行き、小笠原元氏の「赤富士」を買った。特別安く販売してくれたから買えたのだ

が、家に飾っていて、「いいな」と感じているので、安い買い物ができたと思ってい

る。物の価値は人によって違うのは当然である。それぞれに「こだわり」のある

人間が私は好きだ。私にもこだわりがあり、プライドもある。F君のこだわりと私の

こだわりが異なる物に対してであるが、人間の本質から見れば、同じだということ

になるのではないかと思っている。ともかく「健康が第一」である。この認識は共有

している。「健康であることの有難さ」を実感しているのだ。私たちは、二人とも

配偶者に恵まれ、精神的に依存しているという共通点があることを再認識した。

「妻が亡くなったら」どうなるだろうかとの話しにまで及んだ。彼も私もどうにも

ならなくなるだろうと思っている。生きていくことができないとまで思っているくらい

だ。身の回りにも配偶者を亡くした人は多くいる。それでも元気で生きている。

良く元気で生きていられると感心しているくらいだ。女性は生物学的にも生きる力

が強いことは確かである。私の妻にしても、私が亡くなっても、一時的には落ち込

むかもしれないが、それほど長く続くことはないだろうと思っている。孫の成長が

一番の生き甲斐の妻であるから。F君は写真に関しても実に詳しく良い写真を撮っ

ている。私は、ミラーレス一眼カメラのシャッターを切る時の音が好きなだけの人間

だ。全くカメラも写真もわからない。しかし私にあるのは「感じる心」だ。これさえあれ

ば、何事も深い知識がなくても「楽しむ」ことができる。これが一番だと私は思ってい

る。F君もその点を感じ始めてきているということだ。

政治的な話しに触れると、共に現在の安倍政権を批判している。メディアの姿勢にも

批判しているのが私たち二人の共通認識である。国民のレベルが低いので、50%

の支持率があるとも言える。経済的期待感だけが根強くあるということだ。自民党の

派閥の領袖も何も言えない安倍独裁政治と言ったら言い過ぎであろうか。選んだ側

の国民の責任も問われるが、民進党を含む野党もだらしなく信頼がない。アメリカの

トランプに代表されるように、世界が混迷の度を深めており、地球が病んでいるのが

現実として重くのしかかっていることを認識しなければならないとの結論に至る。

深く話しができる友がいることは本当に嬉しいことだと思っている。