今日の午後、裾野市生涯学習センター「学びの森」小澤所長と話しをして
きた。中学の英語の授業を参観して、コメントをすることになる。
中学の現場を知らない人間がどこまで役に立てるのか、わからない。
今回は助動詞の can の使い方がポイントとなると考える。
「能力」「許可」「依頼」に使われる日常的な単語だ。
Can you ride a bike ? Yes, I can. 「能力」
Can I ride your bike ? Yes, you can. 「許可」
Can you help me ? 「依頼」
Sorry, I can't. I'm cooking. 「断り」
もちろん中学で教えることはないが、「丁寧な表現」としては、
could の使い方がある。
Could you help me ? との表現である。英語には「丁寧語」はないが、
丁寧な表現はある。この場合のcouldは過去形と同じ語形であるが、
仮定法の表現なのだ。「もしできれば」の意味を含んでいるのだ。
「手伝っていただけますでしょうか。」が適当な日本語であろうと思う。
和訳は単に日本語に置き換えればいいと言うものではない。
ここに英語の難しさと面白さがある。言語は文化である。
*
Time heals all sorrows. 時が悲しみを癒すの意だ。
時間と共に風化していくことにつながる。
私にとっての「癒し」は「富士山」と「花」と「自然」だ。
花音痴だが、美しいと感じる。「感じる心」こそ大切なりと。
*
私の学生時代の先輩(5歳年上)に手紙をかいた。
最新のブログを添付した。パソコンと無縁のひとだから。
何回も手紙でやり取りしている。読めばすぐ返事がくる。
郵便局の帰りに同じ年のOさん(裾野市総務部長で退職)と立ち話した。
お互いの性格を知っている間柄だ。「犬も歩けば棒に当たる」で
色々な棒にあたる。嬉しいことがほとんどだ。行動は心の発露だ。
*
囲碁「AI」国内初のプロ棋士に勝利した。趙治勲名誉名人に勝ったと
の記事を読んだ。もう驚くことではない。
時代の変化を感じる出来事だ。AIの研究が進んでいる事実を受け入
れなければならない。