今日の午後、裾野市生涯学習センター「学びの森」小澤所長と話しをして

きた。中学の英語の授業を参観して、コメントをすることになる。

中学の現場を知らない人間がどこまで役に立てるのか、わからない。

今回は助動詞の can の使い方がポイントとなると考える。

「能力」「許可」「依頼」に使われる日常的な単語だ。

Can you ride a bike ?   Yes, I can. 「能力」

Can I ride your bike ?  Yes, you can. 「許可」

Can you help me ?        「依頼」

    Sorry, I can't. I'm cooking. 「断り」

もちろん中学で教えることはないが、「丁寧な表現」としては、

could の使い方がある。

Could you help me ? との表現である。英語には「丁寧語」はないが、

丁寧な表現はある。この場合のcouldは過去形と同じ語形であるが、

仮定法の表現なのだ。「もしできれば」の意味を含んでいるのだ。

「手伝っていただけますでしょうか。」が適当な日本語であろうと思う。

和訳は単に日本語に置き換えればいいと言うものではない。

ここに英語の難しさと面白さがある。言語は文化である。



Time heals all sorrows. 時が悲しみを癒すの意だ。

時間と共に風化していくことにつながる。

私にとっての「癒し」は「富士山」と「花」と「自然」だ。

花音痴だが、美しいと感じる。「感じる心」こそ大切なりと。



私の学生時代の先輩(5歳年上)に手紙をかいた。

最新のブログを添付した。パソコンと無縁のひとだから。

何回も手紙でやり取りしている。読めばすぐ返事がくる。

郵便局の帰りに同じ年のOさん(裾野市総務部長で退職)と立ち話した。

お互いの性格を知っている間柄だ。「犬も歩けば棒に当たる」で

色々な棒にあたる。嬉しいことがほとんどだ。行動は心の発露だ。



囲碁「AI」国内初のプロ棋士に勝利した。趙治勲名誉名人に勝ったと

の記事を読んだ。もう驚くことではない。

時代の変化を感じる出来事だ。AIの研究が進んでいる事実を受け入

れなければならない。