K君と10年ぶりに再会した。K君も29歳だと聞いた。私と40歳の年齢

差になる。昨日午後からK君が私の家にきた。2階の私の部屋で、4時間を超

える「語らい」となった。K君によると、私から直接授業を受けたのは1回だ

けだそうだ。私は忘れている。非常勤講師が欠席したために、自習監督に行っ

た時のようだ。自習監督が代わりに授業をすることは通常ありえない。前に座

っていたK君に「今どこをやっているの?」と聞き、授業を始めたらしい。

この時のことは記憶にないが、何回かこのようなことをしていた。生徒の反応

を見て授業をしたが、私の授業を熱心に聞いてくれたとの記憶が残っている。

それがなければ代わりに勝手に授業をすることはなかった。

K君に私が一番強調したことは、「今何が一番大切なのか」ということだ

った。K君は放送大学で、教養コースの「情報」を学んでいると聞いた。

「目的論」と「本質論」の視点からの話しをした。多くの人が現象に捉われて、

目的を見失っている。物事の「本質」からアプローチしていけば、物事はわか

ってくるということを話した。現象を通して、本質に迫るアプローチするため

には、「思索」が大切なことを話した。そのためには、本を読み・学び、経験

を積み重ねていく必要がある。「試行錯誤」が大切だと。年を取ればわかると

いうことではない。何もも分かっていない「年寄り」も多くいる。教員の世界

でも、わかっていない方が多いのが現実だ。私のブログを開いて話しの材料に

使った。私が御殿場南高校の図書課長として、保護者や生徒向けに年に2回発

行されている「鐘駿」への原稿がある。各学年主任、各課長、教頭、校長、

PTA会長が原稿を書いて載せることになっている。内容に縛りはない。

「教養とは」のブログに、私が書いたその原稿を付加した。その中に、

「人生は、偏差値では決められないし、決めてはならない。」と書いた言葉が

ある。K君が1年生の秋に発行されたもののようだが、彼はこの言葉に衝撃を

受けたそうだ。偏差値のことしか言わない教員の中で、こういうことを書く

先生がいることに。そのことに触れて話しをした。偏差値は大学に入るための

「物差し」になっているが、大学に入れればいいということではない。

大学に入って何を勉強したいにかの「目的」意識が大切で、その「手段」とし

て偏差値がある。偏差値が目的化されているのが現実である。私はそのことを

否定している。「何のために」を忘れてはならない。人生においても言えるこ

とだと。目的意識を失ったら、「迷路」に入るようなものだ。私の経験を話し

た。悩み苦労して初めてわかってくるものだ。「試行錯誤」の繰り返しが私の

教員人生だったと。その中で私が「自得」したものだ。世間一般の物の見方や

考え方とは違っている。私は現象面に捉われない。「本質は何か」と自分で思

索してきた。この点で他の教員とは違う。授業に関して言えば、生徒目線で

「噛み砕く」ことができるかどうかが、「わかる授業」のポイントであること

を知っている。その努力を続けてきたことに「プロ意識」を持っている。

私は英語の専門家ではない。教える専門家を目指して努力した。その結果、

「天職」と感じる「醍醐味」を得た。この味わいを知る管理職はいないとはっ

きり言える。管理職は直接生徒と触れ合うことはないからだ。経験を積んだ時

には、「授業」から離れて、学校運営の立場の仕事が重くなっている。

あからさまに言えば、図書課長は、教務課長、進路課長、生徒課長(学校によ

りあまりにも違う)と比べると実に楽な位置にあるが、ここから管理職に進ん

だ教員は一人もいない。私は管理職を目指して教員になったわけではない。

生徒との「触れ合い」求めて教員になった。生徒との「触れ合い」ができた

「教員人生」に悔いはない。K君は「相川先生は、10年前と全くぶれてい

ない」と。私は「金太郎飴どよ。教員人生も今も全くぶれはないよ」と答えた。

こう言い切れる教員は他にはいない。私はナンバーワンではなく、「オンリー

ワン」を目指したので、大学進学以来特別な競争意識を持ったことがない。

教員生活も私の時代は、「裁量権」があったから私のような「自由人」が教壇

に立っていられたのだろうが。今の時代では無理だろうとは思う。時代の流れ

を読まなければならない。これからの時代は「人間」が求められ、「人間力」

の時代だと私は考えている。謙虚に物事を学び、本を読んで自分で思索し、

自分の考えをまとめ「発信」できる力も求められている。K君は「情報」が

専門であるならば、基本の考え方に私のような考え方を身につけなければなら

ないと考え、K君に話しをしたのだ。これからも機会があれば、「私の持って

いるものをすべて教えるよ」と言っておいた。K君は「僕が受け入れることが

できると判断して話してくださるのですね」と。「そうだよ」私は答えた。

少子化の時代は、後継者の育成が急務であり、最重要課題との認識しているの

が私である。私のかわいい二人の孫にも、伝えて残して置きたいとの思いが

強い。