新しい「楽しみ」ができたと最近感じている。とても「嬉しい」ことだ。

一台の「一眼レフカメラ」と「FBの世界」だ。

機会音痴人間の私は、説明書を読むのも苦手で、読もうとしない。読まなけれ

ば分からないことは、わかっているのだが、説明書が簡潔に書かれていない。

最小限のポイントの説明を求めているのだが、それを探すのも大変で、また読

んでもよく理解できない。デジタルな世界にはついていけない「アナログ人間」

だ。このような世界を私に教えてくれた友がE・Mさんだ。彼にはとても

「感謝」している。パソコンのことはすべて頼っている。初期設定からいろい

ろな設定までしてもらい、私の家に何回も来てもらっている。お礼の意味で

簡単に紹介させてもらう。裾野市出身で、東部の拠点の進学校の沼津東高校か

ら新潟大学の理学部数学科を卒業後、静岡で教員採用された。最初の赴任校が

下田南高校(現在は、統合されて下田高校)の全日制である。私よりも3学年

下で、私は定時制だったので、在任期間は重なっているので、お互いに知り合

ったが、特別話しをした記憶がない。私が44歳の時に御殿場高校に転勤にな

って再会することになった。共通の趣味は「囲碁」であるが、レベルの差があ

まりにも大きい。最初に6子局で対局してもらったが、勝てなかった。私の

弱点を突いてくるのでどうにもならない。何回打っても勝てないので、彼とは

対局しなくなった。私が御殿場高校に転勤した時には、「教務課長」の重責を

担っていた。教務課長は管理職に一番近く、教頭の代理も務める立場にある。

人柄が良く、仕事ができるので、信頼が厚い人物だ。一般的に言えば、教頭、

校長になって退職するコースに入っていたが、彼はその推薦を何回も断った。

管理職や管理職を目指す人には理解できないことだ。その時以来彼との付き合

いは約25年になる。今は、非常勤講師として御殿場南高校に勤務している。

インターネットで碁を打つことも教わった。そのおかげで「ネット碁」が打て

た。体調の良くない時には、ずっと家にこもっていたので、「ネット碁」で何

とかしのぐことができた。体調が良くなると、他のことに夢中になるので、

「ネット碁」から遠ざかる。今がまさにその状態である。彼には趣味がたくさ

んあるので、ネット碁から遠ざかることも多い。共通しているのは「凝り性」

ということだ。紹介はここでやめる。書き出すときりがない。一つだけ付記す

ると、私が図書課長になって原稿を書いた時にみてもらったのが、Eさんだ。

ワープロの時代だ。フロッピーディスクのために、パソコンに残っていない。

話題とはそれているが、私には大事なことなので書いて置いた。最近はFBの

投稿に時間を割いている。新しいFB友達もできて交流できるのが楽しくなっ

ている。色々と失敗が多いが、自分なりに、ネットの世界を理解できるように

なっている。

昨年「ソニーの一眼レフカメラ」を買ったことがきっかけになり、技術はない

が、外に出かけて写真を撮ることが「楽しみ」になっている。「趣味」と言っ

てもいいくらいだ。趣味の麻雀とボウリングができなくなり、「囲碁」だけに

なっていた。カメラのことは全然わからない。友人のF君(O・Tさん)に2度

ほど教わった。彼のことは2回「Oさんとの会話」のブログで書いているので、

簡単な紹介で済ませる。沼津東高校から大阪大学の理学部を卒業し、地元静岡

の高校教員に成り、下田南高校の定時制で出会った。それ以来、F君と呼んで

いる。彼は結婚してO・Tに変わっているが、私だけがいまだに「F君」と呼

び、彼は私を「先生」と呼ぶ。若い時に出合い、私が結婚する少し前から知り

合った。それ以来45年間ほとんど毎年1回は私の家であって話しをしている。

妻は彼を「先生」と呼び、時々話しに加わることがあるので、妻もよく知って

いる。EさんとF君は私の大切な友達である。F君との共通の趣味はない。

下田の頃は麻雀を私の家でやったが、転勤してからは麻雀をすることはない。

簡単に言えば、「相性」が合うということだ。彼も出世欲がない人間だ。

「類は友を呼ぶ」英語では、Birds of a feather flock together.だ。

同じ羽根の鳥は群れを成すという意味になる。冠詞の a には同じという意味

がある。彼はとても優秀な人物で、研究者の道を望んでいたのだが。現在は

沼津高専の非常勤講師をしている。

最近の私の心境は、Tomorrow never comes. (明日は決してこない)

There is no telling what will happen tomorrow.(明日何が起こるかわか

らない)トランプがアメリカの大統領になった。全く分からないことが起きる

ものだ。Actions speak louder than words.(行動は言葉よりも雄弁だ)

「行動」することでいろいろな現象が起こり、新しい友達もできる。それだ

け世界が広がっていることになる。「縁起」の仏教の根本思想が実感できる

ようになっている。「楽しさ」と「喜び」を感じている。所謂「歓喜」の世界

へ入っている状態を感じる。「歓喜」こそ「幸福」である。私は人生の最終章

を生きている。明日のことはわからない。今を大事に、真剣に生きて「楽しむ」

ことに心掛けている。そのためには「健康」が第一となる。「健幸」と置き換

えてもいいと思うくらいだ。人間関係が希薄になっている時代だからこそ、

「人との関わり」がますます大事になっている。その関わりが「SNSの世界」

にも広がっている時代だ。それでも人間関係の基本は「信頼」であることは

不変の原理である。挨拶がコミュニケーションの入り口である。お互いに

「いいね」を交わし、コメントをすることは、「会話」をしていることと同じ

気持ちになる。「会話」こそ人間の特権である。面識のない友達とも「心の交流」

ができることが楽しい。