いじめ問題に取り組む第一歩は、「いじめる側が100 パーセント悪い」
ことを明確にすることである。
いじめられている人は、決して、自分を恥ずかしいと思ってはいけない。
自分を、みじめに思ってはいけない。恥ずかしがらないと いけないのは、
「いじめている側」である。そちらのほうが、本当は「みじめな人間」なの
である。
いじめる子にも、それなりの言い分があるだろう。「いじめ」という行為で
発散しなければおさまらない「いらいら」とか「さびしさ」もあるかもしれ
ない。しかし、どんな理由があろうとも、人を傷つけてはいけない。
大人も「してはいけないことは、どんなことがあっても、してはいけない」
と、はっきり教えなければいけない。ここをあいまいにして、加害者も
被害者も「どっちも、どっち」くらいに思っているかぎり、いじめはなく
ならない。(名言100選より)
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いじめは深刻な社会問題である。いじめが原因で自殺するニュースは
本当に暗い気持ちになり、つらい思いを感じる。「パワハラ」、「セクハラ」
「暴力」も同じ原理である。「過労死」の問題も大きな社会問題だ。
加害者と経営者(責任者)が100%悪い。この基本的な「善・悪」を、
親が、教員が、大人が、社会が「認識」しなければならないことだ。
私は自分の子供に、この「善・悪」を教えてきたし、生徒にも教えてきた。
「自分が人にされていやなことは、絶対に人にしてはならない!」と。
私が中学1年の時に、野球部の先輩からいじめを受けた「体験」からの思い
です。それ以来私の「教訓」として持ち続けている言葉です。
また、「自分が人にされて嬉しいことは、人にもしてあげなさい」とは、
付加しておきたい言葉です。
私たちは、すべての人間の心の中にある「魔性」と戦わなければならない。
究極的には、「善の心」と「悪の心」との戦いである。