私には二人の孫がいる。小学校3年の男の子(翔)と小学耕1年の女の子

(煌)。長男の子どもたちで、隣に住んでいる。2011年4月に、私の駐車

場に3階建ての家を新築した。それまでは近くのコーポに住んでいた。

頭にすぐ浮かんでくるのは、翔のことだ。息子はいつも駐車場側の勝手口から

出入りしていた。ある時、玄関から連れられてきた時に、どこへきたのだろう

という顔の表情が忘れられない。キョトンとした不安そうな顔と言えばいいの

だろう。少し時間が経ってから、いつもの場所だとわかり安心した表情になっ

た。煌が生まれる前の話しなので、1歳前だったろうか。時間的なことは忘れ

ている。ともかくかわいかった(過去形?)。長男の妻の実家も車で5分程度

で近いのでよく行って。両家の初孫のために、大事に可愛がられ過ぎた。

その影響が今に及んでいる。甘えん坊の寂しがり屋だ。私に甘えることはない

が、妻に対しては、何かと「ばーあば、ばーあば」と言ってうるさくてしょう

がない。トイレ行くにも、「ばーあば,来て」と呼んでいる。もう3年半前に

なるだろうか。私が一度だけ叱りつけたことがある。駄々をこねて泣き叫んで

いたからだが。いつまでも泣き止まないので叱ってしまった。座らせて

「ごめんなさい」と言わせた。もちろん手は出していない。それ以来私の顔色

を窺うようになった。今では顔を窺うことはなくなったが、わざと叱られそう

なことをして試すことがある。怖いとの意識はあるようだ。煌は私に怒られた

ことがないので、平気で私に向かってくる。私に対しても無視したり、怒った

りする。女の子を知らないので、扱いに困るというのが本当だ。

顔だちについて言うと、生まれてから3歳くらいまでは、翔のほうがかわいい

と思っていた。ある時、煌の顔がかわいらしくなったと思うようになった。

子どもの顔の変化は速いが、日常的に見ていると変化があまりわからないのに。

最近では、翔もお兄ちゃんらしくなってきた。土・日・祭日の休みの日は野球

漬けになっている。チームの中で学んでいることが多いようだ。日本ハムの

中田翔のファンで、日本ハム・パリーグのファンだ。私はパリーグの選手で知

っている選手は限られている。翔の方がずっと選手の名前を知っている。

やはり好きなことは覚えてしまうものだ。野球カードで選手を覚えている。

翔の言葉で印象深いのは、「ばーあばっちがいなかったら、ぼくっちはどうす

ればいいんだろう。ばーあばっちがいてくれてよかった」と普段生意気なこと

を言っているのに、たまにかわいいことも言うと、妻から聞いている。

私の存在は孫にとっては大きくないが、孫たちの好きな妻は大きな存在なのだ。

近頃の煌は口が達者になり、母親と互角に喧嘩している。女の子と母親の関係

はどこも同じようだとは妻に聞いてはいるが、わからない。今の時代の親子

関係も理解できないのが私だ。自分が子供の頃、息子たちが子供の頃、子ども

である孫と時代が違うように、育ち方が全く違うと感じている。子どもの姿は

親の姿であり、社会を反映している。

先日、煌のピアノコンサートの後で、上手にできたら好きな食べ物の店に連れ

て行くと約束をしたようだ。私は散歩に出ていて直接聞いてはいないので、

妻からの話しでは、「ママはどうして約束を守らないの。・・・へ行くと言

ったでしょ。お金がないってうそでしょ」と外で大きな声で怒鳴っていたそう

だ。前の家の工事をしている人たちはびっくりしていたのではと聞いた。

妻がホロ―してあげたそうだ。「ママたちは、会場を借りるお金を出している

のだから、手持ちのお金がなくて、お金がないって言ったんでしょ」「習い事

もしてもらっているでしょ」と話して聞かせている。私と妻は約束したことは

守ってきた。できないことを約束することはなかった。私の考え方の基本に

「信頼」がある。「約束」を守ることは信頼の基本だと考えている。

最新のエピソードを書いて置く。自分の名前へのこだわりだ。「煌」は音読み

で「コウ」が正しい。それをみんなが「コーちゃん」と呼ぶのに不満を言って

いる。「ウ」だと強調しているそうだ。長男が「リョウ」、翔が「ショウ」で

三人とも「ウ」だと。私も音読みすると「リュウ」になる。「隆」と書かれる

が、自分で「隆」と書くことはない。生の上に「一」が入る。人名辞典では

11画になっているが、私の漢字は12画になる。横に持ってくると一生だ。

私のこだわりではあるが、コウが私と同じこだわりがあると、妻が言っている。

正直に言うと、同居しなくて良かったと思っている。親子と言っても文化が違

う。同居だと些細なことが気になり、亀裂が生じる。私が10年ほど親と同居

したのでよくわかっている。毎日顔を突き合わせる生活は大変だった。私の子

どもたちもかわいがられた記憶はない。「あちら立てれば、こちら立たず」の

板挟みを経験している。私が胃潰瘍・十二指腸潰瘍・膵炎になった時期と重な

る。隣に住んでいても、声が聞こえるので想像はつく。生活の仕方が明らかに

違う。良し悪しの問題ではない。感情の問題になると難しくなる。近所でも、

何軒かの家で同居に失敗している。私の家族のような形態がいいですねと、

近所の人たちから言われると、妻から聞いている。孫たちも、親が二人とも働

いていることは理解しているが、隣に私たちがいるので安心して学校から帰っ

てこられるようだ。私の家も自分たちの家だと思っている。そんな孫たちだ。

生意気になってきているが、「かわいい」ことには変わらない。