私は、来年で70歳になる。70歳というとずいぶん「お年寄り」だなと思

っていた。自分がその年齢にと考えると複雑な気持ちになる。客観的に見

れば「お年寄り」に違いはないだろう。自分の中では、精神的にも「お年寄り」

との意識はない。現実は気持ちと体のバランスが崩れていることは確かだ。

気持ちに体がついていけない。最近はよくこけそうになることが多くなった。

人の中を歩くとぶつかりそうになる。車の運転も長距離や高速はいやだなと思

っている。方向感覚も悪くなった。そういう意味では自信がなくなっている。

「生老病死」は誰にも避けることはできない。「あるがまま」の自分を見つめ

て受け入れていくしかない。 

 私の信条は「自分らしく、正直に」である。自分の心に問いかけて自分で

選択し判断して歩んできた人生だ。失敗も多くしてきた。「試行錯誤」で歩い

てきたと言える。私の教員生活も「試行錯誤」の連続だった。他の人からどう

見えていたかはわからないが、石原裕次郎の「我が人生に悔いなし」の歌詞に

長かろうと 短かろうと わが人生に 悔いはない」とあるが、私の教員生活

に置き換えて読むことができる。私の人生の記憶の中で、教員生活が多くを占

めている。42年間が長かったのか、短かったのかは何とも言えない。

色々な思いはあるが、トータルとして見れば悔いはない。

今日、私が50歳になった夏のクラス会の写真をFBで勝手にアップしたが、

プライバシーの侵害にならないことを願うが、この写真が見つかったことが嬉

しかったとの気持ちからだ。幹事の手紙に「当日はみんな母の顔から女の子に

(?)戻ってしまったようですよね。」と書いてあるがその通りだと感じたこ

とを思い出している。彼女たちが私が教えていた年齢(34歳)になったのが

事実なのだが、お互いに16年前にタイムスリップしてしまう。「先生はお変

わりありませんね」と言うが、「お互いに同じように年を取っているよ」と

言葉を返した。人は変わっているのだが、「変わっていない」という言葉は、

再会の時には、嬉しく感じる言葉だ。普通に考えれば、変わっていなければお

かしいはずだ。「先生も本当に相変わらず若々しくてもうびっくりです。

(マイペースな生き方がやはり良いのでしょうか?)とある。私の本質をつい

た見方をしてくれているなと改めて感じている。だから私にとって、生徒は

怖い。かわいいからこそ怖いということだ。大人はごまかせても(うわべは)

生徒や、我が子をごまかすことはできない。「ありのまま正直に」触れ合って

きたことが私の支えであり、自負でもある。生徒なしには私は存在しない。

御殿場南高校の卒業生の手紙が残っているので、あえて「記録」として残す。

3年生の時に初めて教えたS・Tという生徒の長文の手紙だ。


<相川先生へ>

お久しぶりです。私が御殿場南高校を卒業してから、もう一年が経ってしまい

ましたが、先生はこの一年どのようにお過ごしなったでしょうか。私は大学に

進学し、あまりの自由さに戸惑いながらも、なんとか無事一年を乗り切ること

が出来ました。色々な経験をして、目の前のことを考えるのが精一杯の毎日で

すが、やはりふとした拍子に高校時代を懐かしく感じます。先生は覚えていな

いかもしれませんが、私にとっての相川先生との一番の思い出は、高三の春

職員室前で相川先生に話しかけてもらった時のことです。私は高一の頃から

英語は大の苦手教科で、せっかく他の教科が良くても常に英語が足を引っ張っ

ている有り様でした。当然、英語の先生に褒められたこともなく、一度はテス

トの答案に実力なしと書かれたことすらありました。あまりの悔しさに、私は

高三の春休み、英語を本当に一生懸命勉強しました。しかし、長文の得点を狙

った自分の荒削りの勉強法に不安を覚え、三年生のコース分け(注:シラバス

の名で、生徒の希望による習熟度別に、文系、理系ともに3クラスを1、2,

2、3の4クラスに分けて2年生から実施していた。私は文系で1を理系で3

の授業を担当した)は一番下の相川先生のクラスに決めました。初めての相川

先生のクラスの授業の時、課題テストが返却され、春休みの勉強の成果が出て

ほっとしてたその日の放課後、相川先生は職員室前でたまたま見かけ私に

「あのテストの出来でどうして基礎クラスに来たんだ」と尋ねました。

(注:私も言ったことを覚えている)その言葉だけで、私は頑張った甲斐があ

ったと思いました。なぜなら、先ほども書いたように、私は英語という教科で

”出来る”という評価を頂くことは、今まで一度としてなかったからです。

その後も、英語の勉強の方法や、きちんとこつこつ勉強すれば、英語は必ず

出来るようになる、ということを熱心に話してくれました。時間にすればほん

の数十分の会話だったと思います。それでも、私にとっては、コースの授業以

前は一度も教わったことのない英語の先生が私を覚えていてくれたことや、初

めての良い評価をもらえたことが、涙が出るほど嬉しかったのです。私にとっ

て、相川先生は自分の努力を見つけてくれた人であり、同時に努力を続ければ

必ず出来るようになることを教えてくれた人です。その証拠に、私はその後も

先生に言われた通りこつこつと勉強した結果、定期テストに限らず模試、そし

てセンター試験も英語では満足できる点を取ることができました。卒業アルバ

ムに書いてもらった言葉、Experience is a good teacher.は正しかったです。

英語に対する努力は今も活きています。また、授業中には英語に留まらず、

人としての勉強も教えてもらいました。南高に入学し、相川先生と出会えて、

私は本当に幸せでした。ありがとうございました。S・T


この手紙を読み返して、涙が出てきた。私こそ「ありがとう」と言いたい気持

ちだ。教師冥利に尽きる。教師としての「醍醐味」を感じ、「天職」と感じた

期間(2002年からの5年間)だ。このような生徒を教えることができたこ

とが私の「喜び」であり、「自負」なのだ。教員生活の間、常に「試行錯誤」

を繰り返しながら、「自分らしく、正直に」生徒と触れ合うことができたが故

に、「我が教員生活に悔いはない」と言える。

現在、私は人生の最終章を生きている。「常楽我浄」の人生を生き抜いて、

「我が人生に悔いなし」と心から自身に言える人生であることを願っている。