大学時代の「思い出」として書き留めておくことにする。。

 大学2年の12月に松坂屋でアルバイトした時に、ヘルプしてくれた女の子

がいた。名前は、I・Aで1才年下だった。彼女とは大学3年の夏までの間、

プラトニックな交際をしたことが記憶として残っている。月に1回ぐらい、

学生部の活動の合間にデートした程度で、深入りは避けたと記憶している。

私は、遊びでは女性と付き合うことができないタイプの人間だ。それ故に、

この後も女性とは深く付き合ってはいない。大学3年の冬休みに横浜・上大

岡の京浜デパートで、高校時代の友人S・F君と一緒にアルバイトした時に、

知り合った女の子と2~3回デートした記憶もある。長く付き合うことはなか

ったが、名前も覚えている。私の性格からきているのだが、いい加減な気持ち

で男女の関係になることはできなかった。女性の気持ちはわからなかったが、

一時的な感情だけでは長く付き合うことはできない。



S・F君と一緒にアルバイトをするのは2度目であった。アルバイトで思い出

したことがある。大学1年の夏休みに、高校時代の友のS君とK君と3人でど

こかにでかけようという話しになった時に、S君が箱根の小涌園でアルバイト

のために、その計画が中止になった。しかし、K君が東京のはずれの戸田橋

(基点地)から長野駅まで(210キロ)、歩いて行こうと私を誘った。

いったんは断ると、一人でも行くと言うので、断りきれなくなった。

よく覚えているが、真夏の炎天下、寝袋を担いで、まるで登山に行くような

格好で、8月1日に二人で出発した。国道をただひたすら歩き、1時間歩くと、

10分の休憩で、1日10時間(40~50キロ)をめどに歩いた。

二人で出かけたのに、一緒に歩いた時間は一度もなく、それぞれのペースでひ

たすら歩く。まるで何かの修行をしているような感じであった。汗をかきながら、

炎天下の車の往来の激しい国道を歩き、1時間をめどに、冷房のきいたドライ

ブインに入って休憩する。その時に、少し話しをする程度である。日が暮れ夜

になってから、近くの学校を探して、どこでもいいからと言って泊めてもらっ

た。1日目は、「深谷女子高校」で、当直(この制度は私が教員になって数年

でなくなった)の先生に、学生証を提示して、「一晩泊めてください」と頼ん

で、泊めてもらったのが保健室であった。その宿直の先生の関係する人が、

私の大学とのかかわりがあるとのことで、快く泊めていただいたことを記憶し

ている。2日目の夜は、軽井沢の手前の峠の釜飯で知られている所の近くにあ

る「横川小学校」の宿直室に泊めてもらった。その時に、私は39度を越える

熱をだしていた。震えが止まらず辛い思いをした記憶として残っている。

宿直の先生はとても親切にしてくれ、地域に関わる色々な話しをしてくれた。

先生の話しはありがたかったが、聞いていられるような状態ではなかった。

3日目は国道を離れて山道を軽井沢に向かって、熱が下がらないまま、ひたす

ら歩き、途中で道に迷っているのではと心配しながら歩いていた。日が暮れる

とともに不安と心細さを感じ、やっと車の音が遠くに聞こえた時に、ほっと

安堵したとの思いが強く残っている。その夜は、軽井沢の「バンガロー」に泊

まった、一夜明けて熱もおさまってきた。途中で何度やめようかと思ったこと

か。国道を歩いているとき、何回もトラックが止まってくれて、どこへ行くの

かと尋ねられ、「乗せていくよ」と言われるのを断ったことを思い出す。

今の時代ではとても考えられない。親切に声をかけてくれたトラックの運転手

の気持ちは嬉しかった。4日目は再び国道に沿って歩いて上田を目指した。

やっと‘旅’にでたと実感できる景色が視野に入ってくるとともに、私の体調

も回復してきた。やっと体が慣れて、順調に歩けるようになった。‘旅’の

前半はK君がリードし、後半は私がリードする展開になった。4日目の夜は

上田城(暗くてわからなかった)の近くの「上田高校」の体育館に泊めてもら

い、初めて寝袋を使ったと記憶している。5日目は、長野駅に向かって、

楽な気持ちで歩けた。K君をリードして、夕方に長野駅に着いたと記憶してい

る。長野駅から長野電鉄で須坂へ、須坂駅ではK君の幼馴染のガールフレンド

が出迎えてくれた。3人で食事をしてから、彼の親戚が旅館をしている

戸隠の中社」へとタクシーで行った。その夜は、旅館でぐっすり寝てしまっ

た。翌朝起きてからまもなく、近くを見物することもなく帰路についた。

苦労して歩いたコースを電車でわずか2時間で帰る途中で、不思議な感覚がし

たことを覚えている。昔の人の「旅」はどんなにか大変だったことだろう。

ともかく、この「徒歩旅行」は、貴重な経験になった。‘旅’の途中で出会っ

た人たちに、親切にしてもらった「有り難さ」をしみじみと感じたとの経験で

ある。また、一人では達成できなかったことも事実だったと思う。考えもしな

かっただろうが。歩いたのは別々であったが、今のような車社会の時代ではあ

りえない貴重な体験をした記憶として残っている。