中学1年のときの後期に、クラス代表に選出され、生徒会活動に参加した
経験もある。そのきっかけはやはり「いやがらせ」からでたことだが。
後ろの席の女の子から声をかけられて話しをしたことから、ペアでクラス代表
にさせられたのだ。その当時、私の中学では、通常一番成績がいい生徒がクラ
ス代表に選ばれていた。私はそれほど成績がよかったわけではない。一クラス
には50人以上の生徒がいて、その中で上位にぎりぎり入っていたくらいであ
る。「よそ者」に対する扱いと「からかい」からの選出であった。その結果は、
悪いことばかりではなく、生徒会活動で他のクラスの優秀な生徒二人と友達に
なることができた。2年生になって同じクラスになり仲良く競い合う関係がで
きた。K君とI君で、二人ともすべての教科で勉強ができた。僕はその二人に
はまったくかなわなかった。唯一つ競い合ったのは「英語」である。英語では
互角だったと思う。私は小学校のときに得意な科目がなかった。だから中学で
スタートする英語に興味を持った。中学入学時に初めて英語の教科書を見たと
きにどうなるのかなと不安な気持ちであった。隣の家のおじさんに、This is
a pen.の発音の仕方と意味を教わったのが最初であった。ゼロからのスタート
で、スタートラインはみんな同じだから頑張ろうと思ったのだ。最初の中間試
験が私にとって大事であった。平均点はとても高かったが、私の点数は96点
だった。無事にスタートがきれたのだ。期末試験も96点で、中間と期末の平
均が96点以上の生徒で、評価のための再試験が行われたが、私は高熱のため
にその試験を受けられなくて、5段階評価の4の成績になった。このことは、
勉強で悔しいと思った最初の経験だった。2学期と3学期、その雪辱をはらし
て5の成績を取った。2年生になって、もう一度悔しい思いをした。それは定
期試験ではなく、平常のテストで一度だけ大きな失敗したために、また1学期
に5を取れなかったことである。これも2学期と3学期は、クリアして5の成
績を取った。2年のときに、クラスの中に英語でトップのF君がいた。彼は自
分の単語帳を作り、発音もよかった。私は彼の真似をして独自の単語帳を作り、
苦手な発音に挑戦することにした。この単語帳はF君の単語帳よりも横に長く
日本語の部分を折れるように工夫した。発音記号も書いた。そのおかげで、
苦手な発音・発音問題を克服することができた。3年になって、最初の授業で
指名されたときに、F君の真似をして発音したときに、初めて教わる先生にほ
められた。この先生は、中学で英語で一番厳しいと評判のK先生だった。
このときの「嬉しさ」は生涯忘れられない記憶である。その後自信を持って
英語の勉強をさらにするようになった。ちなみに3年生のときの英語は三学期
ともに5の成績だった。自分が努力したことに対し、ほめられて評価を受ける
ことは、モチベーションがあがり、「自信」につながることを「経験」したと
言える。この頃から、「経験主義的」な考え方が芽生えたようだ。
もう一つ好きだった科目は政治・経済で、この成績も良かった。この二つの
科目に関しては、受験のときに、独自のレポートを作って勉強した。それは
「ポイントの整理」である。私は文章を暗記するのが苦手で、文を読み自分で
理解して整理する勉強方法を身に付けたのがこの頃だと思っている。その頃か
ら現在までの私の勉強方法に変化はない。理解し、納得しないと気がすまない
性格がでていたと思う。私の勉強の仕方は模倣から始まって、自分独自のやり
方を築いていったのが中学時代である。「独学的勉強法の体験的読み方」
(柳川東大教授著)で書いたことをそのまま引用する。同級生にI君
(先ほど書いた)がいて、彼の勉強方法は、徹底した暗記学習であった。
したがって、定期試験はほとんど満点に近い点数を取っていた。一方私は、
暗記ができなく、教科書を読みながらポイントをノートに整理していく過程で、
記憶していく学習方法を取っていた。試験では、8割の成績を取るのが限界で
あった。彼との2割の差は埋めることができなかった。しかし私は、彼の努力
は認めていたが、私よりも頭が良いとは思わなかった。学習の仕方が違うとい
うにすぎなかった。この記憶は強く残っている。私はこの時点で、成績がいい
ことが即頭がいいとは思わなくなっていた。「頭の良さ」は話していればわか
るものであると思ったのもこの頃だと思う。記憶力よりも「思考力」の方が
重要との考えを持つようになったと言える。私の学習で特徴的なことは、
好きな勉強しかしなかったことである。中学3年生の時に、好きだった科目は、
英語と政経だった。この2科目に関しては、柳川教授の言う独学を取り入れて
いたと言える。高校入試対策であるが、自分で問題集を何冊か買ってきて、
「傾向と対策」を自分で考え、そのことを項目別にレポート用紙にまとめて
整理した。英語と政経の2冊のレポート用紙ができあがった。それを読み返す
ことはほとんどしなかった。整理しまとめていく過程で記憶する方法だった。
そういう「学習方法」が自分には合っていたように思う。
私が英文法のエッセンスを解説した「私の英文法対話」(ブログで公開)に
その特徴が表れている。自分で考えて要点を整理してまとめる方法である。
経験もある。そのきっかけはやはり「いやがらせ」からでたことだが。
後ろの席の女の子から声をかけられて話しをしたことから、ペアでクラス代表
にさせられたのだ。その当時、私の中学では、通常一番成績がいい生徒がクラ
ス代表に選ばれていた。私はそれほど成績がよかったわけではない。一クラス
には50人以上の生徒がいて、その中で上位にぎりぎり入っていたくらいであ
る。「よそ者」に対する扱いと「からかい」からの選出であった。その結果は、
悪いことばかりではなく、生徒会活動で他のクラスの優秀な生徒二人と友達に
なることができた。2年生になって同じクラスになり仲良く競い合う関係がで
きた。K君とI君で、二人ともすべての教科で勉強ができた。僕はその二人に
はまったくかなわなかった。唯一つ競い合ったのは「英語」である。英語では
互角だったと思う。私は小学校のときに得意な科目がなかった。だから中学で
スタートする英語に興味を持った。中学入学時に初めて英語の教科書を見たと
きにどうなるのかなと不安な気持ちであった。隣の家のおじさんに、This is
a pen.の発音の仕方と意味を教わったのが最初であった。ゼロからのスタート
で、スタートラインはみんな同じだから頑張ろうと思ったのだ。最初の中間試
験が私にとって大事であった。平均点はとても高かったが、私の点数は96点
だった。無事にスタートがきれたのだ。期末試験も96点で、中間と期末の平
均が96点以上の生徒で、評価のための再試験が行われたが、私は高熱のため
にその試験を受けられなくて、5段階評価の4の成績になった。このことは、
勉強で悔しいと思った最初の経験だった。2学期と3学期、その雪辱をはらし
て5の成績を取った。2年生になって、もう一度悔しい思いをした。それは定
期試験ではなく、平常のテストで一度だけ大きな失敗したために、また1学期
に5を取れなかったことである。これも2学期と3学期は、クリアして5の成
績を取った。2年のときに、クラスの中に英語でトップのF君がいた。彼は自
分の単語帳を作り、発音もよかった。私は彼の真似をして独自の単語帳を作り、
苦手な発音に挑戦することにした。この単語帳はF君の単語帳よりも横に長く
日本語の部分を折れるように工夫した。発音記号も書いた。そのおかげで、
苦手な発音・発音問題を克服することができた。3年になって、最初の授業で
指名されたときに、F君の真似をして発音したときに、初めて教わる先生にほ
められた。この先生は、中学で英語で一番厳しいと評判のK先生だった。
このときの「嬉しさ」は生涯忘れられない記憶である。その後自信を持って
英語の勉強をさらにするようになった。ちなみに3年生のときの英語は三学期
ともに5の成績だった。自分が努力したことに対し、ほめられて評価を受ける
ことは、モチベーションがあがり、「自信」につながることを「経験」したと
言える。この頃から、「経験主義的」な考え方が芽生えたようだ。
もう一つ好きだった科目は政治・経済で、この成績も良かった。この二つの
科目に関しては、受験のときに、独自のレポートを作って勉強した。それは
「ポイントの整理」である。私は文章を暗記するのが苦手で、文を読み自分で
理解して整理する勉強方法を身に付けたのがこの頃だと思っている。その頃か
ら現在までの私の勉強方法に変化はない。理解し、納得しないと気がすまない
性格がでていたと思う。私の勉強の仕方は模倣から始まって、自分独自のやり
方を築いていったのが中学時代である。「独学的勉強法の体験的読み方」
(柳川東大教授著)で書いたことをそのまま引用する。同級生にI君
(先ほど書いた)がいて、彼の勉強方法は、徹底した暗記学習であった。
したがって、定期試験はほとんど満点に近い点数を取っていた。一方私は、
暗記ができなく、教科書を読みながらポイントをノートに整理していく過程で、
記憶していく学習方法を取っていた。試験では、8割の成績を取るのが限界で
あった。彼との2割の差は埋めることができなかった。しかし私は、彼の努力
は認めていたが、私よりも頭が良いとは思わなかった。学習の仕方が違うとい
うにすぎなかった。この記憶は強く残っている。私はこの時点で、成績がいい
ことが即頭がいいとは思わなくなっていた。「頭の良さ」は話していればわか
るものであると思ったのもこの頃だと思う。記憶力よりも「思考力」の方が
重要との考えを持つようになったと言える。私の学習で特徴的なことは、
好きな勉強しかしなかったことである。中学3年生の時に、好きだった科目は、
英語と政経だった。この2科目に関しては、柳川教授の言う独学を取り入れて
いたと言える。高校入試対策であるが、自分で問題集を何冊か買ってきて、
「傾向と対策」を自分で考え、そのことを項目別にレポート用紙にまとめて
整理した。英語と政経の2冊のレポート用紙ができあがった。それを読み返す
ことはほとんどしなかった。整理しまとめていく過程で記憶する方法だった。
そういう「学習方法」が自分には合っていたように思う。
私が英文法のエッセンスを解説した「私の英文法対話」(ブログで公開)に
その特徴が表れている。自分で考えて要点を整理してまとめる方法である。