今年になって、妻の妹の連れ合いのお母さんが亡くなった。私の親を含めて

姉妹の親が他界した。後のいろいろな手続きや整理が大変だった聞く。

私もできることから整理しておくことにした。まず「衣類」である。着ること

のない衣類を処分した。冬物のセーター、ジャンバー、ジャケットなどを整理

して、サイズを直せばはきたいと思うスラックスを10本近く「青山」でウエ

ストを直してもらった。春夏物と秋冬物を整理した。冬物のスーツを2着、

ジャケットとスラックスを2組、春物のスーツを3着、ジャケットとスラック

スを2組残した。それに合わせて着ていたワイシャツはすでに処分している。

昨年買ったセミワイドカラーワイシャツと今年買ったワイドカラーシャツと

ボタンダウンシャツの3枚だけだ。現役の時は、そうとうの数を持っていた。

ネクタイに合わせてワイシャツを買っていたくらいだ。そのワイシャツはすべ

て処分している。この何年もカジュアルシャツしか買っていない。それも一部

は処分した。アスコットタイが残っているが処分はしないで、普段使うことに

した。10年以上使っていなかったので、結び方を忘れてしまった。ネクタイ

と同じ結び方にした。今もアスコットをしている。ネクタイは教員に成ってか

ら少なくとも100本以上は買っている。実際にするのは7から8本ぐらいだ

った。買って好んでする物とそうでない物に分かれてしまう。もったいないが、

失敗によって学んでいるのだ。そのネクタイも以前に半分は処分した。現在残

っているのをどうするかと考えている。残したスーツやジャケットとのコーデ

ィネートを考えると同時に、息子たちがほしいと思うネクタイをあげようと思

っている。おそらく今後ネクタイを買うことはないだろう。私の「楽しみ」の

一つがなくなる。オシャレ感覚は「ベストマッチ」ができたと思う時は嬉しい

ものだ。その感覚をつい最近思い出した。買ったばかりのボタンダウンのシャ

ツに手持ちの春物のジッパーセーターがベストマッチであることを知ったばか

りだ。ハンカチ、靴下の小物の処分もした。私はオシャレなタイプの人間だか

ら、「衣類」はずいぶん買った。買ったが着ない物もある。所謂衝動買いだ。

無駄なことをしたものだ。「直感」でいいと思って買ったものは、好んで着て

いたし、失敗はなかった。その衣類を捨てるのはもったいないので、市役所へ

と持って行った。貧しい国へと送り再利用ができればいいと思うゆえだ。

すべてクリーニングしてある。古着ではあるが、充分着られる物だけを選んだ。

 最近本の整理も始めだした。買って読んでいない本も結構ある。それも市役

所に持って行くことにした。大部分はゴミとして処分することにした。少しは、

書棚の整理ができてきた。本の分類の仕分けもしなければと思っているところ

だ。「」の整理は「」の整理につながるものだ。懐かしいものが出てくる。

ふと見入ってしまう。思い出が蘇ってくる。たまには物の整理が大切だ。最近

どこに置いたかを忘れることが「日常化」しているだけに、「整理」の必要を

感じているのだ。また後に残る家族の負担の軽減になるようにとの思いだ。