私は生きる「目標」を2030年に設定した。後14年である。孫の煌が成
人になる年だ。私は83歳になる。私の父は79歳で生涯を終えた。父より長
く生きたいと思っている。男の平均寿命を越えることになる。そこまで「健幸」
でいたい。目標を持つことは大切である。私の今は「幸せ」だと感じている。
「幸せ」は与えられるものではない。自分自身で感じ取るものだ。「自得」す
るものだ。人生にはいろいろなことがある。楽なことはほとんどないと言って
もいいだろう。学生時代は勉強や進路で悩み、社会人として仕事で忙しく働き、
余裕もない生活を送る。また人間関係で悩むこともあろう。結婚しても、生育
過程で異なる家庭に育った人間がうまくやっていくには、相当な「努力」を要
する。子どもができれば、育児や子育ての教育に戸惑いながら共に歩んでいか
なければならない。子どもの教育で夫婦の意見が分かれて口喧嘩になることも
ある。私の家も同じであった。子どもの学校の様子や学校の成績も気になる。
それが「親の情」と言えるが、自分の子でもどうすることもできないこともあ
る。できるだけのことをするのが、親の「責任」でもある。しかし親子と言え
ども、「別人格」である。親の責任は子供を「自立」させることである。
子供に物事の「善」と「悪」の判断力を教えることである。言葉だけではなく、
「行動」で示すべきだと思う。言動が一致しなければ「信頼」はない。
私は教員の世界にいて、教員の建前と本音を見てきた。一般社会でも同じであ
ろうが、建前でものを言ったり、陰でしかものを言うことが出来ない人間は信用
できなかった。高校生に対して、上から目線で「先生は~と思う」という教員は、
本音は違うのである。頭に先生を冠してものを言う教員を私は信用してこなかっ
た。私に関して言えば、「僕は~と思う」との言い方が一番普通であった。
「私は~」との言い方は、よほどあらたまった時、言い換えると公式的な発言、
つまり教師の立場で話しをする場合に限られた。学校全体の方針は伝えなければ
ならないが、私の「本音」とは違うよ、ということを暗に言っていた。
私は生徒指導においても、上からの垂れ流しはしなかった。必ず、自分の中で、
「濾過」して生徒に話した。規則だから守らなければならないとは一度も言った
ことはない。なぜ規則があり、なぜ守らなければならないのかを話してきた。
生徒の自主的な判断を求めるようにしてきた。また、くだけた言い方をする時は、
「俺は~」と自然に使い分けていた。30歳の前後に女子高校の吉原高校にいた
時もそうだった。生徒は賢いので、私の言葉の使い分けが面白いと言い、私の
真意を掴んでくれたのだ。生徒の持つ「感性」は実に鋭い。その意味で、私は
生徒が怖かったのが率直な気持ちである。
*
生徒指導が困難な学校での私の生徒指導の体験を書いて置くことにする、
ここでは「覚悟」を決めて「本気」で生徒に立ち向かった。決して逃げることは
なかった。一触即発の場面を経験した。一人の番長の生徒の悪事を指摘し、本気
で、授業中に怒鳴りつけた。男子クラスでの話しである。他の生徒はなりゆきを
じっと見ていた。その番長が私に殴りかかろうとした時に、取り巻きの生徒が止
めた。私も真剣の「覚悟」で立ち向かった。悪の元凶で表に出ずに裏で取り巻き
をそそのかしていた。私はそれを知っていた。指導のタイミングを見ていた。
その生徒が生徒指導の対象になった時が、チャンスととらえていた。その時が
来た時に、家庭謹慎処分になり、何度も家に通い、自主退学をして転校するよう
に説得した。もちろんその親子は受け入れなかった。私はクラスに戻すつもりは
なかった。普通、担任はクラスの生徒を守り、処分を少しでも軽くするように
会議でも働きかける。生徒の弁護士の役割である。私はそれをずっとやってきた。
かなりの生徒を助けてきたつもりだ。一方で、生徒には、マンツーマンでじっくり
話して指導してきた。それが私の「生徒指導」のやり方だった。他の教員から非難
されることは度々であった。「生徒のために」との思いで、教員とも戦ってきた。
その私がこの生徒だけはかばうことはなかった。Kという生徒で退学になった。
その後、風の便りで大学検定試験に受かり、大学へと進学したことを耳にした。
「よかったな」と思ったのだ。取り巻きだった生徒は私を親分と呼び、
「親分にはさからいません」と言っていた。その7~8人の生徒が、私の離任の時
に花束を持って会いに来てくれたことは生涯忘れることはできない。彼らは
「先生がいなければ卒業できませんでした。ありがとうございました」と言ってい
たのだ。私はそういう「経験」をして教師として「成長」させてもらったのだ。
*
私の信条は、「自分らしく正直に」である。この信条を貫いたのが42年間の
教員生活との「自負」がある。私は今までほぼ350件のブログを書いてきたが、
嘘は全くないし、「ありのまま」をさらけ出してきたのだ。
昨夜の報道ステーションで、コメンテーターとして知られるショーン・マクア
ードル氏が「虚偽」の経歴記載を認めて降板した。ルックスと声の魅力と解説が
良いことで好感を持って聞いていた。「騙された」との思いを感じたのは私だけ
であろうか。嘘は絶対に良くない。嘘は子どもへ悪い影響を与えることをもっと
大人は自覚すべきである。都合よく「嘘も方便」と言うことがあるが、「方便」
の意味も分かってはいない。釈尊の説いた言葉で、真実の教えへと導く方法・手段
のことだ。釈尊を軽んじた後の高僧(世間を欺いている)が言ったことが後世に
伝えられたのではないかと勝手に想像しているが。釈尊は衆生の苦しみを抜き
楽しみを与える「抜苦与楽」の道を説いたのである。そこへ至る手段として
「方便」を使ったのである。あえて言えば、釈尊が菩提樹の下で瞑想をしていた
ことが「手段」であり、悟りを得ることが「目的」だったのだと思う。
私たち一般の人間は「目的」と「手段」がいつのまにかわからなくなり、手段が
「目的化」していまう。所謂「結果主義」である。そのことに気づかないことが
「不幸」である。また他人を「不幸」にすることになる。これも「悪」なのだ。
私は結果を否定しているのではない。結果を求める「過程」を重要視しているの
だ。「知識人」と称する人たちに、「無責任」」な連中が多くいることは事実だ
と思っている。政治家も同じで、「政治屋」が多すぎる。選挙のことしか考えて
いない、つまり自分のことしか考えていないと言うことだ。「国民のために」
働くのが政治家の「使命」である。どの世界でも同じことが言えると思うが、
真面目にきちんと仕事をしている人も少なくはない。そういう人をきちんと
「評価」すべきである。自分にとって都合のいい人だけを集めるような人間は
リーダーにふさわしくないと、私ははっきりと言いたい。
このブログはオープンにしているので、大事な友・教え子・息子が読んでいて
くれることを信じ、将来、私の孫へのメッセージとして残して置きたいというの
が私の「真意」なのだ。だから「真実」を書いて置かなければならない。
*
昨夜の報道ステーションのスポーツコーナーで、2夜連続のイチロー選手と
稲葉篤典氏の対談はとても興味深いものだった。イチロー選手の言葉に「分か
っていても出来ないことがある」「みんな頭でわかっているけどできない」
それをできるのが「センス」だと言っている。「目に見える部分しか言えない
人が多い」とも語っているが、その奥にあるものを見ると言うことだ。さすが
世界のイチロー選手だと私は思った。また「失敗から学んだものこそが本物」
との発言も素晴らしい。失敗や挫折を乗り越えてこそ、初めて本当のことが
見えてくるものではないか。「遠回りが一番の近道」とも言っている。
*
私の「師」の言葉を引用する。
「人生は長い。勝負は途中では決まりません。目先の事で一喜一憂する必要も
ない。何があろうとも、何度でも立ち上がって挑戦し、朗らかに執念の努力を
貫き通した人が、必ず晴れ晴れと勝利の頂きに到達できるのです」
(創価学園・卒業式のメッセージより)
*
私自身遠回りしてきた人生であるが、要領よく立ち回り近道をしてきた人に
はわからないものを掴むことができたと思っている。そのことがわかったこと
が「幸せ」なのだ。人生「勝利の頂き」に向かって歩みたいとの思いである。
私の座右の銘は、「心こそ大切なれ」である。この言葉を、私の家の墓を移設し
た時に、自分の字で書いて墓誌に刻むことに決めている。私の「心の整理」が
ついたと言うことになる。だから今が「幸せ」だと感じるのである。
人になる年だ。私は83歳になる。私の父は79歳で生涯を終えた。父より長
く生きたいと思っている。男の平均寿命を越えることになる。そこまで「健幸」
でいたい。目標を持つことは大切である。私の今は「幸せ」だと感じている。
「幸せ」は与えられるものではない。自分自身で感じ取るものだ。「自得」す
るものだ。人生にはいろいろなことがある。楽なことはほとんどないと言って
もいいだろう。学生時代は勉強や進路で悩み、社会人として仕事で忙しく働き、
余裕もない生活を送る。また人間関係で悩むこともあろう。結婚しても、生育
過程で異なる家庭に育った人間がうまくやっていくには、相当な「努力」を要
する。子どもができれば、育児や子育ての教育に戸惑いながら共に歩んでいか
なければならない。子どもの教育で夫婦の意見が分かれて口喧嘩になることも
ある。私の家も同じであった。子どもの学校の様子や学校の成績も気になる。
それが「親の情」と言えるが、自分の子でもどうすることもできないこともあ
る。できるだけのことをするのが、親の「責任」でもある。しかし親子と言え
ども、「別人格」である。親の責任は子供を「自立」させることである。
子供に物事の「善」と「悪」の判断力を教えることである。言葉だけではなく、
「行動」で示すべきだと思う。言動が一致しなければ「信頼」はない。
私は教員の世界にいて、教員の建前と本音を見てきた。一般社会でも同じであ
ろうが、建前でものを言ったり、陰でしかものを言うことが出来ない人間は信用
できなかった。高校生に対して、上から目線で「先生は~と思う」という教員は、
本音は違うのである。頭に先生を冠してものを言う教員を私は信用してこなかっ
た。私に関して言えば、「僕は~と思う」との言い方が一番普通であった。
「私は~」との言い方は、よほどあらたまった時、言い換えると公式的な発言、
つまり教師の立場で話しをする場合に限られた。学校全体の方針は伝えなければ
ならないが、私の「本音」とは違うよ、ということを暗に言っていた。
私は生徒指導においても、上からの垂れ流しはしなかった。必ず、自分の中で、
「濾過」して生徒に話した。規則だから守らなければならないとは一度も言った
ことはない。なぜ規則があり、なぜ守らなければならないのかを話してきた。
生徒の自主的な判断を求めるようにしてきた。また、くだけた言い方をする時は、
「俺は~」と自然に使い分けていた。30歳の前後に女子高校の吉原高校にいた
時もそうだった。生徒は賢いので、私の言葉の使い分けが面白いと言い、私の
真意を掴んでくれたのだ。生徒の持つ「感性」は実に鋭い。その意味で、私は
生徒が怖かったのが率直な気持ちである。
*
生徒指導が困難な学校での私の生徒指導の体験を書いて置くことにする、
ここでは「覚悟」を決めて「本気」で生徒に立ち向かった。決して逃げることは
なかった。一触即発の場面を経験した。一人の番長の生徒の悪事を指摘し、本気
で、授業中に怒鳴りつけた。男子クラスでの話しである。他の生徒はなりゆきを
じっと見ていた。その番長が私に殴りかかろうとした時に、取り巻きの生徒が止
めた。私も真剣の「覚悟」で立ち向かった。悪の元凶で表に出ずに裏で取り巻き
をそそのかしていた。私はそれを知っていた。指導のタイミングを見ていた。
その生徒が生徒指導の対象になった時が、チャンスととらえていた。その時が
来た時に、家庭謹慎処分になり、何度も家に通い、自主退学をして転校するよう
に説得した。もちろんその親子は受け入れなかった。私はクラスに戻すつもりは
なかった。普通、担任はクラスの生徒を守り、処分を少しでも軽くするように
会議でも働きかける。生徒の弁護士の役割である。私はそれをずっとやってきた。
かなりの生徒を助けてきたつもりだ。一方で、生徒には、マンツーマンでじっくり
話して指導してきた。それが私の「生徒指導」のやり方だった。他の教員から非難
されることは度々であった。「生徒のために」との思いで、教員とも戦ってきた。
その私がこの生徒だけはかばうことはなかった。Kという生徒で退学になった。
その後、風の便りで大学検定試験に受かり、大学へと進学したことを耳にした。
「よかったな」と思ったのだ。取り巻きだった生徒は私を親分と呼び、
「親分にはさからいません」と言っていた。その7~8人の生徒が、私の離任の時
に花束を持って会いに来てくれたことは生涯忘れることはできない。彼らは
「先生がいなければ卒業できませんでした。ありがとうございました」と言ってい
たのだ。私はそういう「経験」をして教師として「成長」させてもらったのだ。
*
私の信条は、「自分らしく正直に」である。この信条を貫いたのが42年間の
教員生活との「自負」がある。私は今までほぼ350件のブログを書いてきたが、
嘘は全くないし、「ありのまま」をさらけ出してきたのだ。
昨夜の報道ステーションで、コメンテーターとして知られるショーン・マクア
ードル氏が「虚偽」の経歴記載を認めて降板した。ルックスと声の魅力と解説が
良いことで好感を持って聞いていた。「騙された」との思いを感じたのは私だけ
であろうか。嘘は絶対に良くない。嘘は子どもへ悪い影響を与えることをもっと
大人は自覚すべきである。都合よく「嘘も方便」と言うことがあるが、「方便」
の意味も分かってはいない。釈尊の説いた言葉で、真実の教えへと導く方法・手段
のことだ。釈尊を軽んじた後の高僧(世間を欺いている)が言ったことが後世に
伝えられたのではないかと勝手に想像しているが。釈尊は衆生の苦しみを抜き
楽しみを与える「抜苦与楽」の道を説いたのである。そこへ至る手段として
「方便」を使ったのである。あえて言えば、釈尊が菩提樹の下で瞑想をしていた
ことが「手段」であり、悟りを得ることが「目的」だったのだと思う。
私たち一般の人間は「目的」と「手段」がいつのまにかわからなくなり、手段が
「目的化」していまう。所謂「結果主義」である。そのことに気づかないことが
「不幸」である。また他人を「不幸」にすることになる。これも「悪」なのだ。
私は結果を否定しているのではない。結果を求める「過程」を重要視しているの
だ。「知識人」と称する人たちに、「無責任」」な連中が多くいることは事実だ
と思っている。政治家も同じで、「政治屋」が多すぎる。選挙のことしか考えて
いない、つまり自分のことしか考えていないと言うことだ。「国民のために」
働くのが政治家の「使命」である。どの世界でも同じことが言えると思うが、
真面目にきちんと仕事をしている人も少なくはない。そういう人をきちんと
「評価」すべきである。自分にとって都合のいい人だけを集めるような人間は
リーダーにふさわしくないと、私ははっきりと言いたい。
このブログはオープンにしているので、大事な友・教え子・息子が読んでいて
くれることを信じ、将来、私の孫へのメッセージとして残して置きたいというの
が私の「真意」なのだ。だから「真実」を書いて置かなければならない。
*
昨夜の報道ステーションのスポーツコーナーで、2夜連続のイチロー選手と
稲葉篤典氏の対談はとても興味深いものだった。イチロー選手の言葉に「分か
っていても出来ないことがある」「みんな頭でわかっているけどできない」
それをできるのが「センス」だと言っている。「目に見える部分しか言えない
人が多い」とも語っているが、その奥にあるものを見ると言うことだ。さすが
世界のイチロー選手だと私は思った。また「失敗から学んだものこそが本物」
との発言も素晴らしい。失敗や挫折を乗り越えてこそ、初めて本当のことが
見えてくるものではないか。「遠回りが一番の近道」とも言っている。
*
私の「師」の言葉を引用する。
「人生は長い。勝負は途中では決まりません。目先の事で一喜一憂する必要も
ない。何があろうとも、何度でも立ち上がって挑戦し、朗らかに執念の努力を
貫き通した人が、必ず晴れ晴れと勝利の頂きに到達できるのです」
(創価学園・卒業式のメッセージより)
*
私自身遠回りしてきた人生であるが、要領よく立ち回り近道をしてきた人に
はわからないものを掴むことができたと思っている。そのことがわかったこと
が「幸せ」なのだ。人生「勝利の頂き」に向かって歩みたいとの思いである。
私の座右の銘は、「心こそ大切なれ」である。この言葉を、私の家の墓を移設し
た時に、自分の字で書いて墓誌に刻むことに決めている。私の「心の整理」が
ついたと言うことになる。だから今が「幸せ」だと感じるのである。