私には、2歳歳下の弟がいる。私にとって、弟はある意味で「タブー」の
存在である。アキレス腱とも言える。教えた生徒に話していない。生徒には、
話してはいけないこと以外、ほとんどどんなことでも、正直に胸の内を話し
てきた私だ。普通は自分のプライベートを話すことを好まないものだ。
特に教員はその傾向が強い。自分の「弱み」を見せたくないのが人の気持ちで
あるが、立場が上にあると思っていると、特にその傾向がある。先輩が後輩に
自分の弱みを見せない「心理」と同じことだ。一般の社会でも同じであろう。
私は弟のことだけは、妻にしかすべてを話していない。弟は今まで私に迷惑
をかけっぱなしである。兄弟はお互いに助けあうものだが、迷惑の度合いを
超えて入る。私にお金をせびることを何とも思わない。兄貴なら当然やって
くれると思い込んでいる。このおよそ6年間はひどかった。私を苦しめぬいた。
はるか昔のことを持ち出して、私のせいでもあるようなことを繰り返し言い、
私の言う事には全く聞く耳を持たない。お金を渡さなければ帰らない。
仕事を探すのに大阪に行くから、交通費を貸してくれと言われ、その言葉を信じ
てはいないが、10万円を渡したりもした。弟は私に借りるというが、返す気は
ない。私も返してもらおうとも思ってはいない。昔からそうであった。年金暮ら
しの私から50万以上の金をせびった。1年前には会うことを拒否した。それ
以来きていないので、消息はわからない。心配はしているが。
弟が生まれてから母の病状が悪化していった。父は弟を産むことに反対だっ
たように思えてならない。弟は父親の「愛情」を受けていない。それが根本的な
原因となっている。「三つ子の魂百まで」との言葉があてはまる。そういう意味
ではかわいそうな人生を歩むことになった。そのことをずっと「恨み」に感じて
いた人生である。「悲劇の人生」といってよいだろう。私はそのことを子どもの
頃から知っている。弟がかわいそうだとはずっと思ってきたし、心配もしてきた。
恨みや妬みからは否定的な物の考え方しか生まれない。前向きに創造的な生き方
は絶対にできない。私は他人を羨むことはない人間である。人は人、との考え方が、
生育過程の中で、自然に身についたことだ。大人そのものを信用していない子ども
だった。弟はすべて父親の責任にしてきた。客観的に言えば、弟の言う事が間違っ
ているとは思わないが、成人しても変わらないし、年齢を重ねても変わらない。
自分の失敗の原因を自身の中に求めるのではなく、すべて生育過程での父親の責任
に転化し、「恨みの人生」を歩んだ。寂しい人生だ。自分の外に原因を求めている
間は、自分にとってプラスになることはないのだ。このことがわかるかどうかが
「分岐点」になる。所詮は、自身への甘えの人生になってしまう。その人生に
「喜び」はないのだ。私は、弟の問題を含め、病気や経済的問題(自己責任)で
苦しみ抜いた20年間を経験している。その苦しみを支えたのは、「家族」への
「愛情」であり、「責任感」だった。その気持ちがなければ死へと追い込まれたかもしれない。
私は「精神のどん底」をも経験している。このことは誰にも話したことがない。
すべて自分で背をってしまったが、妻に支えてもらった。故に妻だけが知っている。
妻が「心の支え」になってくれたのだ。妻には、心から「感謝」している。
口に出しては言っていないが。なかなか口にはだせない世代だ。弟は自分と向き合う
ことができなかったのだ。弟だけの責任ではないことは理解しているが、結局、
人生は「自己責任」である。
親は、どの子供にも「愛情」を注ぐべきである。親子といっても「相性」の問
題には避けられないところがある。しかし、親には「努力」する責任と義務が
ある。子どもにとっては、親の「愛情」がすべてである。「愛情」を知らない
子どもは不幸である。「愛情」を知らなければ、「愛情」を与えることはできない。
子どもは、物質的には豊かでなくても、「心」が満たされていれば、成長していく
ものだ。これが「道理」である。
存在である。アキレス腱とも言える。教えた生徒に話していない。生徒には、
話してはいけないこと以外、ほとんどどんなことでも、正直に胸の内を話し
てきた私だ。普通は自分のプライベートを話すことを好まないものだ。
特に教員はその傾向が強い。自分の「弱み」を見せたくないのが人の気持ちで
あるが、立場が上にあると思っていると、特にその傾向がある。先輩が後輩に
自分の弱みを見せない「心理」と同じことだ。一般の社会でも同じであろう。
私は弟のことだけは、妻にしかすべてを話していない。弟は今まで私に迷惑
をかけっぱなしである。兄弟はお互いに助けあうものだが、迷惑の度合いを
超えて入る。私にお金をせびることを何とも思わない。兄貴なら当然やって
くれると思い込んでいる。このおよそ6年間はひどかった。私を苦しめぬいた。
はるか昔のことを持ち出して、私のせいでもあるようなことを繰り返し言い、
私の言う事には全く聞く耳を持たない。お金を渡さなければ帰らない。
仕事を探すのに大阪に行くから、交通費を貸してくれと言われ、その言葉を信じ
てはいないが、10万円を渡したりもした。弟は私に借りるというが、返す気は
ない。私も返してもらおうとも思ってはいない。昔からそうであった。年金暮ら
しの私から50万以上の金をせびった。1年前には会うことを拒否した。それ
以来きていないので、消息はわからない。心配はしているが。
弟が生まれてから母の病状が悪化していった。父は弟を産むことに反対だっ
たように思えてならない。弟は父親の「愛情」を受けていない。それが根本的な
原因となっている。「三つ子の魂百まで」との言葉があてはまる。そういう意味
ではかわいそうな人生を歩むことになった。そのことをずっと「恨み」に感じて
いた人生である。「悲劇の人生」といってよいだろう。私はそのことを子どもの
頃から知っている。弟がかわいそうだとはずっと思ってきたし、心配もしてきた。
恨みや妬みからは否定的な物の考え方しか生まれない。前向きに創造的な生き方
は絶対にできない。私は他人を羨むことはない人間である。人は人、との考え方が、
生育過程の中で、自然に身についたことだ。大人そのものを信用していない子ども
だった。弟はすべて父親の責任にしてきた。客観的に言えば、弟の言う事が間違っ
ているとは思わないが、成人しても変わらないし、年齢を重ねても変わらない。
自分の失敗の原因を自身の中に求めるのではなく、すべて生育過程での父親の責任
に転化し、「恨みの人生」を歩んだ。寂しい人生だ。自分の外に原因を求めている
間は、自分にとってプラスになることはないのだ。このことがわかるかどうかが
「分岐点」になる。所詮は、自身への甘えの人生になってしまう。その人生に
「喜び」はないのだ。私は、弟の問題を含め、病気や経済的問題(自己責任)で
苦しみ抜いた20年間を経験している。その苦しみを支えたのは、「家族」への
「愛情」であり、「責任感」だった。その気持ちがなければ死へと追い込まれたかもしれない。
私は「精神のどん底」をも経験している。このことは誰にも話したことがない。
すべて自分で背をってしまったが、妻に支えてもらった。故に妻だけが知っている。
妻が「心の支え」になってくれたのだ。妻には、心から「感謝」している。
口に出しては言っていないが。なかなか口にはだせない世代だ。弟は自分と向き合う
ことができなかったのだ。弟だけの責任ではないことは理解しているが、結局、
人生は「自己責任」である。
親は、どの子供にも「愛情」を注ぐべきである。親子といっても「相性」の問
題には避けられないところがある。しかし、親には「努力」する責任と義務が
ある。子どもにとっては、親の「愛情」がすべてである。「愛情」を知らない
子どもは不幸である。「愛情」を知らなければ、「愛情」を与えることはできない。
子どもは、物質的には豊かでなくても、「心」が満たされていれば、成長していく
ものだ。これが「道理」である。