「体調」が良いと感じることは「いいことだな」とつくづく感じる。心身が

健康」でなければ、何事も楽しむことはできない。

 昨日は、孫への「心のプレゼント」を残しておくために、クリアファイルを

買いにホームアシストへと出かけた。翔には青のファイル、煌にはピンクの

ファイル。そのファイルに、長男が命名した時に、私の気持ちを書いておいた

言葉を添える。その色紙のようなものを妻が取っておいてくれた。6日に、

「わたしの孫ー愛する孫へ」と題する長文のブログを書いた。私の孫への気持

ちを綴った文章だ。5000字を超えている。そのブログをプリントアウト

した。それを入れるファイルが1色たりなかった、「hiktas」のクリアファイ

ルを愛用している。白・青・黄色・緑・ピンクの5色があるが、ピンクは持っ

ていないので、煌のためにピンクを買いに行った。孫には、20ポケットを用

意した。これからも孫のことを綴る機会があるであろう。それをファイルに

保存できるようにとの気持ちだ。いつかタイミングをみて、孫にプレゼントを

してあげたい。大したものではないが、私の「心のプレセント」を受け取って

もらいたいとの願いである。



 妻が「頭が痛い」と言うので、一人で出かけた。クリアファイルを買ってか

ら、サントムーンをぶらっとした。婦人服売り場の春物が目に入った。私の好

む色だった。薄紫色だ。店員を呼んでサイズを尋ねた。フリーサイズだった。

私が「直感」で良いと思った物に失敗したことがない。「迷い」がある時には

失敗している。妻に春の衣服を買ってあげた。男が一人で婦人服売り場に行く

ことはないことだ。私は平気だ。自分の「直感」を信じるだけだ。



 夕方、W君からメールがきていた。ボウリングの誘いだった。彼は昨年の

4月に進学校に転勤になってからは、会う時間が取れなかった。1年ぶりにな

った。7時半に御殿場のボウリング場で会うことにした。8時からボウリング

をする前に、話しをしたかった。彼とは20年を超える付き合いになる。

彼を「君呼び」しているのは私だけだ。54歳になったと言う。14歳の違い

だ。私が御殿場高校にいた時、2年目の平成5(1993)年に知り合った。

私と同時赴任したA君と彼も英語の教員である。3人で、台湾と香港を旅行し

ている。懐かしい思い出となっている。A君は東京外大の出身で優秀だった。

彼とは英語科準備室でよく話しをしたことが懐かしい思い出として残っている。

歳の差15歳だが、私の話しを聞くのが好きだと言っていた。私の話すことに

「相川節」と表現していた。他の教員とは視点が違っていた。W君とはボウリ

ングでしたしくなった。知人に「僕の師匠」と言うことがある。彼のボウリン

グを私が一番よく知っている。今日も彼にコーチした。「感覚」の世界になっ

ている。プロよりも彼のことを知っている。彼も週1回の大会にでているだけ

だと言う。何でも練習しなければ、落ちてくる。技術的には、はアベレージ

200点のボウラーまできているのだが、練習が足りない。

 ボウリングには、「競技」と「レジャー」がある。どちらを楽しもうと自由

なことである。私は「競技のボウリング」の世界にはまった人間だ。競技の面

白さを知っている。アマのトップクラスとも知り合いになり、たくさんの知識

や情報を得た。数人のプロとも話しをしてきた。その一人のK女子プロと久し

ぶりに会って話しをした。Kプロチャレンジにきていた。そのチャレンジマッ

チにきたかつての知り合いと顔を合わせた。自衛隊員のNさんだ。私は、名前

でSちゃんと声をかけた。「お久しぶりです」と、にこにこしていた。

「久しぶり。あと何年と聞いた」「2年で定年です」と言っていた。お互いに

懐かしく、しばし話しをした。Kプロには、そばに行って肩を軽く触れた。

彼女は振り返って「先生、お久しぶりです」と言っていた。少し話しをしたが、

試合中なので、すぐにきりあげた。試合が終わってから、W君の投球を見なが

ら、Kプロと話しをした。W君のレベルがすぐにわかったようだ。私はKプロ

に。「名前でTちゃん」と呼んでいる。3人で12時近くまでボウリング談議

に花を咲かせた。楽しい時間を過ごすことができた。ボウリングの話しになる

と、話しが尽きない。現在のプロの立場の話しだけではなく、ボールの選択や

レーンへのアジャストへの技術論へと発展してしまう。ボウリングのプロは仕

事としては収入があまりなく大変だ。ボウリングほどアマとプロのレベルの差

がない競技もほかにはない。数ゲームでは、プロもアマに負けてしまう。

10ゲーム勝負になればもちろんプロが勝つことになるが。そんな世界にはま

っていたのが以前の私だ。今日は支配人のW君とも久しぶりの話しができた。

友人と旧知の3人と話すことができて楽しかった。



 W君との話しは想定内の話しであった。部活動の指導を含めて、土日、休日

がないとのことだった。教科の勉強も大変である。英語の授業をどうやってい

るのかも聞いた。「受験教育」の先頭に立っている学校だ。私に言わせれば異

常である。週に1時間テストをやり、その結果を貼り出しているそうだ。

その環境に入ったのだから、テスト作り、採点だけでも忙しい。彼にも言った

が、教えている教員よりもはるかに優秀な素材が集まっている。その生徒を教

えることのできる学力は当然求められる。そこをクリアすればトップクラスの

受験校は楽だとも言える。生徒指導の問題がないからである。生徒に注意する

場面さえないだろう。2年生を教えていると聞いた。次年度は3年生を教える

ことになるだろう。この1年を乗り越えれば、あとは楽になる。このような学

校は年配者が転勤しない。平均年齢が52歳と聞いた。前任校では最年長だっ

たW君も真ん中よりもやや上の年齢だ。先輩教員が多くいる。管理職は同年代

だと推測する。1年の辛抱だから、頑張ってほしい



私は、仏説の「衆生所遊楽」との言葉が好きである。現実の社会で、人生を楽

しむことと私は解釈している。この言葉の意味を感じたことは過去にもある。

今は実感している日々だ。「充実」と言い換えればわかりやすいと思う。