B:最初の経典(原始仏教典)は、阿含経の「小乗経典」です。釈尊十大弟子
の一人で頭陀第一と言われた「摩訶迦葉」が最初の結集の中心者として大成し
た。特に禅宗では尊信される。(広辞苑)小乗経典が編纂され広まっていく過
程で、「大乗経典」が大成し編纂されたと考えられる。小乗経は、戒律が250
ある。現代でも行われている荒行は、小乗仏教の影響を受けているように感じる。
「小乗」は、衆生済度を忘れて自己の解脱だけを求める声聞(仏の説法を聞いて
悟る人)や縁覚(小乗の聖者、独覚)の立場を、大乗の立場から批判的に名づけ
たもの。(広辞苑)今では、「上座部仏教」と言われている。
A:小乗教は、釈尊の高僧が説き弘めたが、引き継いだ僧たちは自分の得道だけ
の教えとして捉え、大衆には理解できないとし、大衆のためではないとの保守的
な僧が守って来たが、その中から、進歩的な僧が分かれ、大乗仏教へと発展した
「宗教革命」と捉えるとわかりやすい。それは、ユダヤ教(旧約聖書)から
キリスト教(新約聖書)が生まれたことと同じ原理になる。
B:「小乗仏教」は、「南伝仏教」とも言われる。インド半島を南に向かいスリ
ランカに至った流れで、のちにビルマ(ミャンマー)を経て、インドシナ半島、
さらにインドネシアへと伝えられた。現在でも、僧の立場が高く、敬われている。
A:「チベット仏教」は、7世紀にインドから伝えられた密教的な要素の強い
仏教と土着の宗教ボン教とが結びついて展開した。ラマ(師匠)を尊敬し、
師弟関係を通じて教えが伝えられることから、ラマ経と呼ばれることもある。
「ダライ・ラマ」は、チベット仏教で最上位クラスに位置する化身ラマの名跡で
ある。大海を意味するモンゴル語の「ダライ」と、師を意味するチベット語の
「ラマ」とを合わせたものである。(ウイキペディア)
B:釈尊の教えの中で、最高第一の経は、「法華経」となります。法華経とは、
「妙法蓮華経」のことです。現代日本の仏教学者の中で、法華経に一番精通して
いるのは、中村元博士(1912-1999)だと言われています。その弟子の
仏教思想研究家の植木雅敏氏と社会学者の橋爪大三郎氏の対談集が、昨年10月
に出版された。その題名は「ほんとうの法華経」(ちくま新書)です。
まえがきに「法華経は、最高の経典だという。法華経がわかれば、仏教がわかる。
法華経を理解することで、「釈尊の教えの本質」をつかむことができる。法華経
は、人類がうみだした宗教という営みの最上の宝石のひとつである」と書いてい
る。
A:例えば、釈尊の十大弟子の高僧である智慧第一の「舎利弗」は阿弥陀経を、
多聞第一の阿難は浄土三部経を所依の経(拠り所とする経典)としていた。
釈尊が法華経を説いた後で、その所依の経を捨てて、法華経に帰依(教えに従う
こと)した。
B:釈尊が法華経を説く時に、今までの説法は、「法華経」へ導く仮の教えで、
法華経こそが「真実の教え」で最高唯一の経であると明確に述べている。
釈尊の「法華経」を所依の経としたのが、中国の天台大師、日本の天台宗の開祖
・最澄と日蓮宗の開祖・日蓮です。真言宗の開祖・空海、浄土宗の開祖・法然、
浄土真宗の開祖・親鸞、時宗の開祖・一遍、臨済宗の開祖・栄西、曹洞宗の開祖
・道元は、「法華経以前の経」を所依の経としたのです。
A:釈尊の教えの低い順で言うと、阿含時の経(小乗の経典)、方等時の経、
般若時の経、華厳時の経、法華・涅槃時の経となります。阿含時の経典以外は
大乗の経典です。この「五時」の立て分けを行ったのは、天台大師である。
華厳時 ー 阿含時 ― 方等時 ― 般若時 ― 法華・涅槃時の「五時」になる。
B:釈尊は、悟りを得た(成道)後に、高い教え(華厳経)を説いたが、すぐに
やめた。例えれば、大学(院)のレベルを教えたいのだが、いきなり高校のレベ
ルで試しに教えてみたが、無理だとわかり、小学校の基礎(阿含経)から段階的
に、中学、高校、大学へと教えのレベルを高めていったと理解すればわかるので
す。自らの教えの目的(法華経)へ導く方法としてたくさんの教えを説いたと
理解すれば、いいと思います。目的のための手段であり、方法です。
A:仏教の言葉で言うと、機根(教えを聞く人の能力)に応じて説き、機根が
高まってきたら、次の段階を教えることと私は理解しています。最終的には
すべての衆生を救済することを目的にしている。そのための大きな乗り物です。
B:小乗、大乗の「乗」は乗り物に譬えています。小さな乗り物と大きな乗り物
ということです。歴史上では、小乗経と大乗経になりますが、現代では差別用語
との批判から、小乗経とは言わずに上座部仏教と呼んでいます。上座部に対して
は大衆部になるが、多くの在家(僧を除く信者のことで、出家に対する言葉)が
含まれています。宗開祖の高僧は、現代的に言えば大学者であり、大宗教家と言
えるのです。
A:重要なポイントは、高僧たちが釈尊のどの教えを所依し、解釈をしたかとい
うことです。そのことによって宗派ができ、その後、弟子の解釈で分派していっ
たのが、仏教の歴史の流れです。有力な僧の解釈によって分流になっていく。
仏・経・僧の三つの宝が「三宝」ということです。仏教の重要な判断基準となり
ます。
B:私たちが知らなけばならないことは、鎌倉時代の高僧と言っても、民衆から
人気があっても仏教の名僧とは言えないということです。仏教の大知識人である
が、正しく仏教を継承しているわけではない。釈尊の仏教を解釈し、自分の説を
打ち立て、権力者、武士、民衆に説いたということです。
A:私が関心を抱いたのは、民衆の間でなぜ念仏が普及したのかということです。
時代背景から、民衆レベルに最初に伝わった仏教が、阿弥陀仏に帰命するとの
意味の「南無阿弥陀仏の名号」だと理解している。南無阿弥陀仏と唱えるだけで、
来世には「極楽浄土」に往生できるという庶民にわかりやすい教えを、法然が説
いたことにあると考えている。「彼岸(あの世)性」が強く表れている。
仏教には、三つの時代区分がある。
B:釈尊の教えの効力のある時代が「正法時代」、釈尊の教えが形骸化するのが
「像法時代」、釈尊の教えに効力が無くなり、教法のみが残るのが「末法の時代」
ということですね。
A:正法・像法がそれぞれ1000年という捉え方が、当時一般的だったようで
す。現代では、異説がある。正法・像法で1500年です。釈尊の入滅への歴史
認識の違いにある。末法は1万年となりますが、未来永劫と解釈する方が自然だ
と考えます。西暦1052年に末法に入ったとされる。(広辞苑)
平安時代(約400年間)後期から末期に、「末法の時代」に入ったとの理解が
広がり、「末法思想」となったということです。天変地異、大地震などで国土が
疲弊し、民衆に不安感が広まり、現実の世の中に幸福を見出せなくなった時代と
の理解が必要です。
B:この時代背景の中で、民衆になじみやすい教えとして説いたのが念仏である。
阿弥陀経などを所依の経典として、仏の姿を表したのです。阿弥陀仏、阿弥陀如来、
阿弥陀三尊がそうです。「西方極楽浄土」の世界を描いたと言える。仏の世界の素晴ら
しさを釈尊は方便として説き現したのです。
A:一方で、この世の現実世界を「穢土」(穢れた国土)として説いた。娑婆
(しゃば)との言葉は知っていますね。牢獄に対してシャバと言いますね。
「現実に住む世界」という意味で、現在まで伝わっている言葉です。釈尊は、
仏の世界を教えるために説いた教えであるが、仮の教え(方便)だったとの理解
が正しいのです。
B:法然の教えは都だけではなく、地方の武士や庶民にも広がり、摂関家の九条
兼実ら新時代の到来に不安をかかえる中央貴族にも広まった。兼実の求めに応えて、
その教義を記した著作が選択本願念仏集である。日本仏教史上初めて、一般の女性
にひろく布教をおこなったのも法然であり、彼は国家権力との関係を断ちきり、
個人の救済に専念する姿勢を示した。
A:無量寿経釈では、「無量寿経」においては仏土往生のために持戒すべきことが
説かれているが、専らに戒行を持していなくても念仏すれば往生が遂げられると主張
している。ただし、法然は持戒を排除したのではなく、持戒を実際に行うことは大変
厳しく、法然自身でもそれを貫くのは困難であると考えていたからこそ、自分も含め
た凡夫が往生するためには無理な持戒よりも一心に念仏を唱えるべきであると唱えた
のである。それが「称名念仏」ということです。
B:禅宗が広まった理由は何故かとの疑問を持った。結論すると、釈尊が菩提樹の下
で「瞑想」して悟りを得た方法を最重要視したと考えればいいと、私は思っている。
「只管打座」はまさにそのものだ。
A:道元によると、人は「自我意識」があるから、自分と他人をくらべて、優越感を
抱いたり、劣等感にさいなまれたりします。そういう自我意識を全部捨ててしまえ!
というのが「身心脱落」です。もちろん、意識ばかりでなしに、自分の肉体だって
捨ててしまうのです。道元は身心脱落して、悟りの世界に溶け込んだ。
B:仏教においては、「人間はもともと仏性(仏の性質)を持ち、そのままで仏である」
と教えているはずだ。それなのに、われわれはなぜ仏になるための修行をせねばならな
いのか?との疑問です。「身心脱落」という言葉てす。そして、まちがいなくこの言葉
が、道元思想のキーワードになります。ある意味で、この言葉さえ分かれば、道元の
思想が理解できるのです。では、「身心脱落」とは、どういうことでしょうか?
これは、簡単にいえば、あらゆる「自我意識」を捨ててしまうことです。それによって、
悟りを得ようとする教えであるが、自我意識を捨てることは不可能です。禅宗の修行
からは成道できないのです。釈尊は「法華経」が真実の教えと説いたが、その教えを
悟る方法を説いてはいないのです。ここが重要なポイントだと考えています。