19日の土曜日、Oさんから電話があった。彼のことは、2014年8月に
「Oさんとの会話」、2015年3月に「友との語らい」のブログで書いてい
る。私が「信頼」し、付き合いの長い友である。お互いの呼び方が、40年以上
前と変わっていない。私は、彼を旧姓で「F君」と呼び、彼は私を「先生」と呼
ぶ。彼の「人柄」からきている。毎年のように会い、よく話しをしてきた。話題は
多岐にわたり、彼以上に話しをした友はいない。彼は付き合いが長いにもか
かわらず、私へと接する態度は変わらない。私は本来「Oさん」と呼ぶべきな
のだがF君と呼んでいる。気持ちは本当の友との思いである。彼との話しは楽
しい。また長時間にわたる。昼食を一緒に食べに行く。今回も5時間を超える
話となった。井戸端的な会話をしたことが、一度もない。お互いに正直で真面
目な性格だ。
今回の話題は、娘さんのこと、非正規雇用の問題点、医者のこと、認知症予
防、日本語、囲碁の世界、政治家の発言、宗教のこと、花、食べ物の店、教員
という人間、生徒、美術館、旅行、体調や気持ちの問題など、本音でざっくば
らんに対話した。実に大切なな話し相手である。趣味が異なり、信仰心も違う。
それでも話しができる貴重で珍しい関係だと私は思っている。ベースとなる
人間性への「信頼」があることと「相性」だと思う。
近年の話題の中心は「健康問題」であることは確かだ。彼は私のブログの更
新が頻繁になっていることで、私の体調が回復していると思うくらいだ。その
通りだ。不思議と彼と会う時は、私の状態が良い。今回は、私からメールを送
ったことがきっかけではあるが。このような人間関係は教員同士ではほとんど
ないと言えるだろう。私はもう一人Eさんがいるが。3人とも下田から教員生
活をスタートした。Eさんは御殿場高校でいっしょになってから親しくしてい
る友だ。
前述したように話題が多岐にわたっているので、書ききれない。特に印象的
なことに限定し、なるべく簡潔に書きたいと思うが、どうなることか。私が
文を書く時に、頭にシナリオがない。思いつくまま書いている。
今回の最初の話題は、「メールで、ごたごたしているので、突然行くことに
なるけどいいでしょうか」とのことで、かつてないことだった。妻も私も心配
しあれこれ想像をめぐらして話しをしていた。したがって、最初の問いは、
「ごたこたとはどういうことなの?」だった。彼が家に来た時に、最初のうち
は妻が同席することが普通になっている。彼から説明を受けて、私たち夫婦は
ごたごたの内容がわかってほっとした。奥さんの具合が悪いのかもと妻が言っ
ていたので、そうかもとも考えたが、そうならば「ごたごた」とは書かない
はずだとも話していた。同居の娘さんのことで心配している親心だとわかった。
私も次男のことは心配している。親としての気持ちはよくわかる。
次に私が新聞投稿したことを話題にした。丸山参議院議員の発言を新聞を
持ってきて話しをした。私は「憤り」を話したが、彼は話しを聞き冷静に受け
止めていた。性格的には私の方が感情を出すほうだ、彼が感情をほとんど言葉
で表現しない。学校の教員の話しになった時に、進学トップ校の教員が錯覚し
ていることの認識は全く同じで、「馬鹿だよ」と二人で言っていた。教え子が
東大に受かると自分が教えたからとの自慢をしている「馬鹿者」がいるし、
それも少なくないと言うことだ。進学トップ校は受験環境が整っているだけで、
そのレベルの授業さえできれば誰でもいいのだ。生徒も錯覚している。優越意識だ。
2番手の学校には、トップ校へのひけ目が一部にあることは確かだ。その心理
は私にはよくわかる。自分が経験しているからだ。F君の当時は、沼津東高校
は静岡県東部のトップ校だった。越境入学者のレベルが高かったのが事実だ。
今では、東部のトップクラスとの言葉が適当である。韮山高校と富士高校があ
る。私の少し前だが、川崎市のトップ校が県立川崎高校だった。多摩高校の台
頭する前の時代である。川崎高校も蛮カラだと噂に聞いていたが、沼津東高校
がその伝統を受け継いでいた。地方であるが故に、都会になった川崎よりも長
く続いていた。下駄で投稿するのが誇りだったようだ。旧制中学の伝統が残る
遺物のようなものだ。蛮カラはハイカラをもじった言葉だが、共に死語になっ
ている。私は沼津東高校だけは転任したくなかったことは本音だ。
沼津東高校で思い出したことがある。もう時効ということで、あえて付記する。
私が30代半ばのことだ。三島南高校の先輩英語教員にFさんがいた。本人が
堂々と言っていたことだ。前任が沼津東高校で、転勤希望で行ったそうだ。
その理由が自分の娘を入学させるためだったこと。暗黙の了解があったという
ことだ。私もそういう例を直接知っている。もう一つはその人は、家庭教師の
収入が給料よりも多かったことを自慢していた。私も家庭教師をしていたこと
を認める。教員2年目から20年間家庭教師をしていた。お小遣い稼ぎだった。
複数を兼ねてやったことはない。進学校の英語、数学、理科の教員のほとんど
がやっていたと言ってもいい。罪悪感はなく、ほんのアルバイトとの意識だった。
日本社会が護送船団方式の癒着構造の時代であった。私は教員の世界の裏側を
知っている。このことは話題になったことではないが、家庭教師に関しては、
F君もEさんも経験していることだ。20年前までの話しである。
言葉に関して話題に出たのは、「微妙」という言葉だ。私は前にも聞いた覚
えがあるが、生徒の質問に、よく考えてから「微妙」と言った。その生徒は、
がっかりうなだれて話しをしなくなったことが深く残っていると。なるほど世
代の違いで日本語の受け取り方が変化している。「言葉は生きもの」と彼は語
っていたが、教員は言葉に注意しなければならない立場にある。政治家には
その自覚がない人が多くいる。
池上彰のTV番組で、「ご苦労さまでした」の言葉の使い方が難しくなってい
ると私が話しを持ち出した。日本語は難しい。池上さんは「日本語は多数決だ」
と結論したが、残したい日本語はたくさんあるとの意見で一致している。
私から切り出した話題であるが、宗教及び仏教のことも話しをした。私が仏教
について書き出した真意を伝えたことによる。この点では意見が異なるが、
認識の違いがある人が対話する意味があると私は思っている。「異文化交流」に
通じていくと思っている。誰に対しても意見の押し付けは良くないことだ。
私は気をつけているつもりだ。
旅行のことが話題になり、私の妻が島根の「足立美術館」の庭園を見たいと
言う。何とか考えようとしていると言うと、徳島の「大塚国際美術館」の話し
がでた。私は知らなかった。美術品がすべてレプリカとのことだ。妻に話した
ら知っていた。彼の奥さんは、画を見るのが趣味で、ほとんどの美術館に一緒に
行っていると聞いていたが、徳島に行きたいと言っているそうだ。彼は美術に
興味があるわけではないが、調べて行くので覚えてしまうと前から言っていた
ことだ。旅行と言えば、食べ物になる。出かける楽しみの一つだ。
文章が長くなっているので、あと一つだけ書く。認知症予防対策だ。彼がやっ
ていることを教えてもらった。簡単な単語を記憶するトレーニングだという。
70歳過ぎると免許の更新で試されていることからの話しだ。
① 映像化すること。リアルなほどよい。
② セットで覚える
③ 自分がしている具体的な物。 例えば、テレビ、台所、トイレと
単語を結ぶ付けて思いだすきっかけをつくる方法だと言う。
りんごやサルの映像をテレビと一緒に映像化する。
テレビと一緒に、りんご、サルの単語を記憶することになる。
時間をおいてから、テレビを媒体として、リンゴ、サルを思い出してくると
の方法のようだ。訓練すれば、単語40語を8分で覚えられるそうだ。
私の理解では、「シナプス」のトレーニングではないか。右脳を使った
トレーニングのように思える。プロの囲碁の世界が映像化であると聞く。
脳科学者の茂木健一郎氏は、脳は「刺激」が与えられると「活性化」する。
脳力を高めるためには、刺激を与えて働かせる毎日のトレーニングが必要
と言っている。同じ原理だと理解するがどうなのかな。
結論としては、頭も身体も使っていないと衰えることは間違いない。
足腰と握力の衰えがひどいのと、名前や固有名詞が出てこないことが頻繁で、
あれ、あれの世界になっている。妻にもあれじゃわからないとよく言われる
が、その時に出てこない。あとからひょっこり出てくる。顔が浮かんでも名
前が出てこない。困ったもんだと日々感じている。「ブログ」も備忘録の意
味がでてきているのが現実だ。調べて考え、整理して書くように努めている。
調べる単語が出てこないとお手上げだ。いまも「シナプス」(神経伝達組織)
がなかなかでてこなかった。こんな私が文を書いている。トレーニングにな
っているのだろうか。頭を使っていることと、集中力はあることは確かだ。
ともかく、F君とは心が通う対話の楽しさがある。本音で語り合う相手がいる
ことは私の「財産」である。
「Oさんとの会話」、2015年3月に「友との語らい」のブログで書いてい
る。私が「信頼」し、付き合いの長い友である。お互いの呼び方が、40年以上
前と変わっていない。私は、彼を旧姓で「F君」と呼び、彼は私を「先生」と呼
ぶ。彼の「人柄」からきている。毎年のように会い、よく話しをしてきた。話題は
多岐にわたり、彼以上に話しをした友はいない。彼は付き合いが長いにもか
かわらず、私へと接する態度は変わらない。私は本来「Oさん」と呼ぶべきな
のだがF君と呼んでいる。気持ちは本当の友との思いである。彼との話しは楽
しい。また長時間にわたる。昼食を一緒に食べに行く。今回も5時間を超える
話となった。井戸端的な会話をしたことが、一度もない。お互いに正直で真面
目な性格だ。
今回の話題は、娘さんのこと、非正規雇用の問題点、医者のこと、認知症予
防、日本語、囲碁の世界、政治家の発言、宗教のこと、花、食べ物の店、教員
という人間、生徒、美術館、旅行、体調や気持ちの問題など、本音でざっくば
らんに対話した。実に大切なな話し相手である。趣味が異なり、信仰心も違う。
それでも話しができる貴重で珍しい関係だと私は思っている。ベースとなる
人間性への「信頼」があることと「相性」だと思う。
近年の話題の中心は「健康問題」であることは確かだ。彼は私のブログの更
新が頻繁になっていることで、私の体調が回復していると思うくらいだ。その
通りだ。不思議と彼と会う時は、私の状態が良い。今回は、私からメールを送
ったことがきっかけではあるが。このような人間関係は教員同士ではほとんど
ないと言えるだろう。私はもう一人Eさんがいるが。3人とも下田から教員生
活をスタートした。Eさんは御殿場高校でいっしょになってから親しくしてい
る友だ。
前述したように話題が多岐にわたっているので、書ききれない。特に印象的
なことに限定し、なるべく簡潔に書きたいと思うが、どうなることか。私が
文を書く時に、頭にシナリオがない。思いつくまま書いている。
今回の最初の話題は、「メールで、ごたごたしているので、突然行くことに
なるけどいいでしょうか」とのことで、かつてないことだった。妻も私も心配
しあれこれ想像をめぐらして話しをしていた。したがって、最初の問いは、
「ごたこたとはどういうことなの?」だった。彼が家に来た時に、最初のうち
は妻が同席することが普通になっている。彼から説明を受けて、私たち夫婦は
ごたごたの内容がわかってほっとした。奥さんの具合が悪いのかもと妻が言っ
ていたので、そうかもとも考えたが、そうならば「ごたごた」とは書かない
はずだとも話していた。同居の娘さんのことで心配している親心だとわかった。
私も次男のことは心配している。親としての気持ちはよくわかる。
次に私が新聞投稿したことを話題にした。丸山参議院議員の発言を新聞を
持ってきて話しをした。私は「憤り」を話したが、彼は話しを聞き冷静に受け
止めていた。性格的には私の方が感情を出すほうだ、彼が感情をほとんど言葉
で表現しない。学校の教員の話しになった時に、進学トップ校の教員が錯覚し
ていることの認識は全く同じで、「馬鹿だよ」と二人で言っていた。教え子が
東大に受かると自分が教えたからとの自慢をしている「馬鹿者」がいるし、
それも少なくないと言うことだ。進学トップ校は受験環境が整っているだけで、
そのレベルの授業さえできれば誰でもいいのだ。生徒も錯覚している。優越意識だ。
2番手の学校には、トップ校へのひけ目が一部にあることは確かだ。その心理
は私にはよくわかる。自分が経験しているからだ。F君の当時は、沼津東高校
は静岡県東部のトップ校だった。越境入学者のレベルが高かったのが事実だ。
今では、東部のトップクラスとの言葉が適当である。韮山高校と富士高校があ
る。私の少し前だが、川崎市のトップ校が県立川崎高校だった。多摩高校の台
頭する前の時代である。川崎高校も蛮カラだと噂に聞いていたが、沼津東高校
がその伝統を受け継いでいた。地方であるが故に、都会になった川崎よりも長
く続いていた。下駄で投稿するのが誇りだったようだ。旧制中学の伝統が残る
遺物のようなものだ。蛮カラはハイカラをもじった言葉だが、共に死語になっ
ている。私は沼津東高校だけは転任したくなかったことは本音だ。
沼津東高校で思い出したことがある。もう時効ということで、あえて付記する。
私が30代半ばのことだ。三島南高校の先輩英語教員にFさんがいた。本人が
堂々と言っていたことだ。前任が沼津東高校で、転勤希望で行ったそうだ。
その理由が自分の娘を入学させるためだったこと。暗黙の了解があったという
ことだ。私もそういう例を直接知っている。もう一つはその人は、家庭教師の
収入が給料よりも多かったことを自慢していた。私も家庭教師をしていたこと
を認める。教員2年目から20年間家庭教師をしていた。お小遣い稼ぎだった。
複数を兼ねてやったことはない。進学校の英語、数学、理科の教員のほとんど
がやっていたと言ってもいい。罪悪感はなく、ほんのアルバイトとの意識だった。
日本社会が護送船団方式の癒着構造の時代であった。私は教員の世界の裏側を
知っている。このことは話題になったことではないが、家庭教師に関しては、
F君もEさんも経験していることだ。20年前までの話しである。
言葉に関して話題に出たのは、「微妙」という言葉だ。私は前にも聞いた覚
えがあるが、生徒の質問に、よく考えてから「微妙」と言った。その生徒は、
がっかりうなだれて話しをしなくなったことが深く残っていると。なるほど世
代の違いで日本語の受け取り方が変化している。「言葉は生きもの」と彼は語
っていたが、教員は言葉に注意しなければならない立場にある。政治家には
その自覚がない人が多くいる。
池上彰のTV番組で、「ご苦労さまでした」の言葉の使い方が難しくなってい
ると私が話しを持ち出した。日本語は難しい。池上さんは「日本語は多数決だ」
と結論したが、残したい日本語はたくさんあるとの意見で一致している。
私から切り出した話題であるが、宗教及び仏教のことも話しをした。私が仏教
について書き出した真意を伝えたことによる。この点では意見が異なるが、
認識の違いがある人が対話する意味があると私は思っている。「異文化交流」に
通じていくと思っている。誰に対しても意見の押し付けは良くないことだ。
私は気をつけているつもりだ。
旅行のことが話題になり、私の妻が島根の「足立美術館」の庭園を見たいと
言う。何とか考えようとしていると言うと、徳島の「大塚国際美術館」の話し
がでた。私は知らなかった。美術品がすべてレプリカとのことだ。妻に話した
ら知っていた。彼の奥さんは、画を見るのが趣味で、ほとんどの美術館に一緒に
行っていると聞いていたが、徳島に行きたいと言っているそうだ。彼は美術に
興味があるわけではないが、調べて行くので覚えてしまうと前から言っていた
ことだ。旅行と言えば、食べ物になる。出かける楽しみの一つだ。
文章が長くなっているので、あと一つだけ書く。認知症予防対策だ。彼がやっ
ていることを教えてもらった。簡単な単語を記憶するトレーニングだという。
70歳過ぎると免許の更新で試されていることからの話しだ。
① 映像化すること。リアルなほどよい。
② セットで覚える
③ 自分がしている具体的な物。 例えば、テレビ、台所、トイレと
単語を結ぶ付けて思いだすきっかけをつくる方法だと言う。
りんごやサルの映像をテレビと一緒に映像化する。
テレビと一緒に、りんご、サルの単語を記憶することになる。
時間をおいてから、テレビを媒体として、リンゴ、サルを思い出してくると
の方法のようだ。訓練すれば、単語40語を8分で覚えられるそうだ。
私の理解では、「シナプス」のトレーニングではないか。右脳を使った
トレーニングのように思える。プロの囲碁の世界が映像化であると聞く。
脳科学者の茂木健一郎氏は、脳は「刺激」が与えられると「活性化」する。
脳力を高めるためには、刺激を与えて働かせる毎日のトレーニングが必要
と言っている。同じ原理だと理解するがどうなのかな。
結論としては、頭も身体も使っていないと衰えることは間違いない。
足腰と握力の衰えがひどいのと、名前や固有名詞が出てこないことが頻繁で、
あれ、あれの世界になっている。妻にもあれじゃわからないとよく言われる
が、その時に出てこない。あとからひょっこり出てくる。顔が浮かんでも名
前が出てこない。困ったもんだと日々感じている。「ブログ」も備忘録の意
味がでてきているのが現実だ。調べて考え、整理して書くように努めている。
調べる単語が出てこないとお手上げだ。いまも「シナプス」(神経伝達組織)
がなかなかでてこなかった。こんな私が文を書いている。トレーニングにな
っているのだろうか。頭を使っていることと、集中力はあることは確かだ。
ともかく、F君とは心が通う対話の楽しさがある。本音で語り合う相手がいる
ことは私の「財産」である。