昨日私は、毎日新聞「みんなの広場」へ投稿した。その内容を紹介し、更に

詳しく私の「本音」を書きたいと思う。

最近の政治家の発言に違和感を抱いてたが、本日の貴紙の新聞報道で知った

自民党の丸山和也参議院議員の発言に激怒している。「例えば日本が米国の

51番目の州になることに憲法上どんな問題があるのか云々」との参院憲法

審査会での発言だ。日本は独立国であり、世界に誇れる日本国憲法を持つ民主

主義の国である。「米国の州との例え」そのものが大問題である。日本人とし

てのプライドはないのか。人間としての人格だけではなく、根本的な考え方に

問題がある。テレビの弁護士出演番組で有名になり政治家になった人だ。米国

の大統領制と対比して首相公選制を考えることは政治家として自由であるが、

米国の一州とはどういうことか、はっきり言うと「馬鹿者」としか言いようが

ない。国会議員の資質もないことは明らかだ。政治家は、国民の負託にこたえ

る責任が重い。自分の発言の重さと責任を感じるべきだ。あまりにも軽すぎる

言葉の発言が多くみられる。後の撤回や謝罪ですむことではない。


 投稿には字数制限があるので、しっかりと引用することはできない。丸山議

員の言葉は、例えば日本が米国の51番目の州になることに憲法上、どのよう

な問題があるのか。そうすると集団的自衛権、日米安保条約も問題にならない。

拉致問題すら起こっていないだろう。米下院は人口比例で配分され、「日本州」

は最大の選出数になる。例えば米国は黒人が大統領。黒人の血を引く。これは

奴隷ですよ。はっきり言って。当初の時代に黒人、奴隷が大統領になるとは

考えもしない。これだけ変革をしていく国だ。


この発言をどう受け止めますか。彼の考え方の「本音」だと私は感じた。

18日に釈明をしたが、良心に恥じることはないとも言っている。こんな人物が、

良識の府と言われる参議院議員だろうか。議員どころか人格的にもおかしいと

言わざるを得ない。私に言わせれば、米国大統領選挙で、共和党の候補者になる

かもしれないトランプと同類だということだ。トランプの発言もひどい。

あんな人物が候補者選挙に出ること自体が、米国人の「」だと私は思う。

丸山氏の発言も日本人の「」である。彼の発言から、推測すると「沖縄問題」

もないことになる。実に無責任極まりない。かつて出演していたテレビでの発

言に疑問を感じることが多かったのだが。その番組には、橋下徹氏も出ていた。

橋下氏は過激な野心家だと感じていたが、政治家に転身し、大きな影響力を持

った人物だ。大阪都構想を掲げた住民投票には関心を持った。その理由は、

彼の発言に対してだ。負けたら政治家をやめると言い切ったのだ。将来的には

復活するのではとの憶測をしてしまう。私は憶測で物事を見ないように心がけ

ているにもかかわらず。

 私の人物評価の考え方の基準は「言動」にある。言う事とやることが違う人

物を評価しないし信用しない。学歴や肩書は考慮しない。参考には見るが。

どうでもいいことだ。大学入試の時点で、その人の学力をはかる参考になる程

度だ。基本的には「人柄」を重視する。人柄の判断が難しいのは、直接会って

話しをしないとできないからだ。イメージで判断することになる危険性がある。

そうなると「人は見た目が9割」(竹内一郎著)となる。芸能人はイメージで

あるので、芸能界に興味がないのが私だ。政治家に対しては、昨日の野田前総

理と安倍総理のやり取りでもわかるが、政治家の「約束」を信用できない。

平成12年の解散のいきさつになった党首討論を忘れることはない。野田さん

は、安倍さんに「あの時の約束を覚えていますか」と尋ねたのだ。「覚えて

います」と素直に答えることができないのが総理の安倍さんだ。

安倍政権発足以来、「議員定数削減」の約束はどうなったのかと今まで思って

きたことだ。やっと昨日自民党に指示したようだ。前総理が質問に立つための

対応としか考えられない。私は安倍総理を支持しているわけではない。

国会答弁をテレビで見ていると、質問に答えていないことがはっきりわかる。

しかし、代わる人材(内閣支持率の点で)がいないということだろう。選挙のこ

としか考えていない議員が多すぎる。私の人物判断基準の柱は「約束」だ。

私が一番大事にしていたことは、発言に責任を持ち「約束を守る」ことである。

このことには自信と自負がある。私のプライドである。私の尊敬する基準は、

」にある。心は見えない。直観力での判断になるが「誠実さ」を感じられ

るかどうかがポイントになる。さら言うと、いざという時に、自分の信念を

発言する「勇気」があるかどうかである。自分の発言の責任を持つには「覚悟

が求められる。私の教員生活で、尊敬した人は一人である。「私の人生の記憶

で書いた小林数樹先生(10年前に死去)だ。私の人生の「師」は一人である。

SGI会長・池田先生である。私の学生時代で書いているが。現在、私が読み

始めたのが、「小説人間革命」と「新・人間革命」である。タブレットを使っ

て電子書籍を利用している。私の現在のテーマは自身の「人間革命」だ。

池田先生は、洞察力に富み、度量が広く「一人の人」を大切にする魅力のあ

る大人物である。そのような評価をしているのは、敬虔なキリスト教徒

(プロテスタント)の作家・佐藤優氏である。(佐藤優対談集「創価学会を

語る」は一読に値する。脳科学者茂木健一郎氏、評論家森田実氏が推薦))

私の根底にあるのは、「日蓮仏法」である。人間としての信条は、

自分らしく正直に」である。この基本的考え方は、変わることはない。

私のアイデンティティーだ。人物を偏見や色眼鏡や感情で見ると、本当のこと

はわからない。政治家や知識人と称する偽善者は、時間とともに化けの皮は剥

げてくる。日本にも世界にも立派な知識人がいることは承知している。本物と

偽物がいるとの認識を持つ必要がある。結論は、人の言動を注視し、物事の

本質を見抜く「知恵」が大事だということになる。知恵の入り口は、「知識」

であるが、物事を正しく理解して、自分で考えて判断する力をつけなければ、

知恵にはならないと私は思っている。私たちは「無知」であってはならない

ということだ。これからの時代は、「知恵」の時代と信じる私だ。悪知恵との

戦いになってきている。


どんな人も見放さない。決めつけない。切り捨てない。

 信じ抜き、手を差し伸べて、仏性を呼び起こす。

 これが仏法の人間主義だ。

 迷える心に勇気の一歩を踏み出させる力は、

 真心の励ましである。励まし勇気を生む。

 ここに、創価の世界の限りなき勇気の連鎖がある。

(池田SGI会長・四季の励ましより)