昨夜、「池上彰・実は知らない日本SP」がTV朝日系列で放送された。

私たちは日本のことを知っているようで、実は知らないことがあまりにも多

いことを知る機会になった。内容は、日本語・天然記念物・自衛隊・宗教法人。

私が主に関心を持ったことを書くことにする。

 日本語で、印象に残ったのは「言葉は生き物であり、変化する」とのフレ

ーズだ。納得した言葉であり、思索のヒントになると感じた。言葉は、

生活の変化」によって使われなくなると死語になる。本来の意味と間違っ

て使われていくうちに多くの人に使われるようになると、誤用された言葉が

本来の意味が変化して定着することになる。池上さんの「言葉は多数決

との説明はわかりやすい。付け加えると、使われる言葉の場面・状況は、

時の変化」の反映でもある。具体的な言葉で言うと、「お疲れさまでした」

の表現だ。職場でよく使われている言葉だが、自分に当てはめると、後輩に

言われたことはあるが、私自身が使った記憶がない。「ご苦労さん」は使っ

た記憶がある。問題なのは「ご苦労様でした」の表現が、誤用されてきてい

るように感じる。目上の人に対して適切かどうかだ。このことまでは、番組

で話題になっていない。「ご苦労さん」から考えると、目上の人に対して使

うのは不適切だと考えるべきではないか。

話題にならなかった言葉だが、「失礼します」の表現がある。一般的な言葉

と理解しているが、目上の人に対して使う言葉だ。実に便利な言葉だと思っ

ている。私の理解があやふやな語としては、「割愛」がある。正しくは惜し

んで(やむなく)カットするとのことだ。「敷居が高い」は、なぜかを知ら

なかった。過去に不義理があったためにとの説明だった。自分にとって高級

な店のために、入りにくいとの意味で使っているように思っていた。いずれ

死語になるのではないかと感じる。そのまま入りにくいとの言葉が普通だか

らだ。最近よく使われている外来語に、コンプライアンス(法令遵守)があ

る。ビジネスドラマではよく使われている。また、私自身が使う言葉だが、

難しいのは「アイデンティティー」である。どうしても日本語では表現しに

くい言葉だ。英語の identity に由来するが、「独自の個性」の意味で、私

は使っている。書きながら気づいたのだが、インターネット(Internet) の

世界で使われているIDに当たるコンピューター用語だ。英語的には、

「身分証明」と理解すればいいのだが、実際は「自分だけの名前」のことで

自分で自由に決められる。「パスワード」(password)は、ウエブ上の

「暗証番号」となる。インターネットをしていない人にはわからない言葉

だ。時代によって「変化」しているということの表れと言える。世代間で言

葉のギャップがあるのは当然なことだと言える。生活の中で、ギャップが生

じるのは当たり前との認識も持つべきだろう。これは「文化の違い」にもあ

てはまると思う。しかし人間の「感情」は、「理性」とは違う。

番組の中で、おもしろいと感じたのは「アベック」の言葉だ。若い世代には

わからないようだ。フランス語に由来するが、今では「カップル」(couple)

になる。母と娘への街頭インタヴューでのことだ。20歳くらいの娘さんは

わからなかったことに、母親(推定50ぐらい)はカップルよと言った。

世代のギャップを象徴しているようでおもしろいと感じた。

私の家でのエピソードになるが、妻から聞いた孫の話しだ。隣に住む孫たち

は、妻と一緒にお風呂に入ることがよくある。その時に、妻は孫たちに、

「寝間着」を持ってきてと言った時に、孫は「ねまきってなあーに」と聞い

たと。妻は「パジャマのこと」と答えたと聞いた。息子の世代で通じた言葉

が孫の世代で通じないということだ。孫からすると「寝間着」は着ていない

ので知らなくて当然である。この中にも文化の「変化」がある。つまり、

言葉の変化は文化の変化になると私は考える。多様な文化を認める根拠にも

なる。先程女の子の孫(来週6歳)から私にバレンタインのチョコレート

をもらった。「ありがとう」と笑顔で答えた。私の世代には無縁なイベント

だ。ビジネスに利用されただけだが、最近傾向が変わっていることを知った。

変化が著しい時代である。昔からの「美しい日本語」は残したいと思っているが、

時代の変化に対応しなければならないこともある。日本語を大切にしたいと

思う。

「驚くべき日本語」の著者のロジャー・パルバース氏は、言葉とは何かで、

わたしたちのアイデンティティは『言葉』によって創られる」との言葉が

実に印象的である。