今日の新聞で、文科省が発表した「英語力調査」の記事を読んだ。
中高の英語力、4技能全て目標に届かずと。
調査対象は、国公立の高校3年・約500校9万人、中学3年・約600
校6万人を抽出して実施された。高校は2014年度に引き続き2回目
となる。
中学3年生は、小学校での「外国語活動」が必修として始まった世代で、
授業時間や必修単語が増やされた。いわゆる「脱ゆとり教育世代」だ。
生徒の学力低下が指摘され、「ゆとり教育」が見直されたのだ。しかし、
「ゆとり教育」は、「詰め込み教育」の弊害から見直されたもので、充分
メリットもあったと、私は思っている。教える量の削減(30%)だけで
なく、質の問題(内容)だったと、私は考えている。責任は文科省にある。
それ故に、「ゆとり世代」が批判されることに違和感を抱いてきた。彼ら
に何の責任もないし、「ゆとり教育」の考え方が間違いだったとは思って
いない。背景にある「大学入試」に本質的な改善がなかっただけである。
「知識偏重」は変わっていなかったのだ。
2013年6月に閣議決定された「教育振興基本計画」は「中卒時に半数
が英検3級程度、高卒の半数が英検2級~準2級程度」を目標に設定してい
る。
今回の調査で、公立で目標レベルに到達したと判定された割合は、
「読む」(26.1%)、「聞く」(20.2%)、
「書く」(43.2%)、「話す」(32.6%)
でいずれも半数以下。比較的良かった「書く」も全く回答できない層が
12.6%おり、習熟差が大きかった。意識調査では56.1%が英語を
好きと答えた。
公立高校で目標をクリアした生徒はそれぞれ1~3割程度で、平均は中卒相当
の評価だ。
「読む」29.6%、 「聞く」24.2%、
「書く」17.2%、 「話す」9・8%
で前年と比べ、「話す」は横ばいだが、他の3技能はやや改善したが、低水準
であることには変わらない。
私は2012年の3月に退職した。元英語教員として関心を持ち続けている
ことは、小学校の英語の授業と、原則として英語の授業を英語で行うというこ
とだ。教員に求められていることが大きく変化している。私が在職中に、学習
指導要領の改訂に伴い、「学習活動」から「言語活動」へ、その後「コミュニ
ケーション活動」へと変化した。ALT(外国語指導助手)も増え、生徒が
ネイティブスピーカーと触れ合う機会が増えたことは、英語教員と生徒にとっ
ても良いことだと思っている。意識調査の56%と半数を超えた生徒が「英語
を好き」と答えたことに表れていると思う。「英語嫌い」が依然と比べて減っ
ているように感じる。英語教員の資質及びスキルの向上が求められているが、
教員を取り巻く環境の改善も求められる。
連合総合生活開発研究所(連合総研)の調査結果によると、小中教員の1日
平均労働時間が約13時間であることがわかった。「保護者・地域からの要望
対応」「国や教育委員会からの調査対応」への負担感が高く、勤務日の睡眠時
間は約6時間、読書時間は15分未満だった。連合総研は「教員の健康悪化や
資質向上の機会不足を招き、教育の質の低下につながる恐れがある」として、
長時間労働の改善を求めている。
私も「教員の多忙化」には憂慮している。調査では、負担を感じる業務の1
位が「保護者・地域からの要望対応」で80%を超え、2位が「国や教育委員
会からの調査対応」であった。私の教員時代では考えられない業務である。
新設高校では、セブン・イレブンとの言葉があった。つまり、7時に出勤し、
11時に退勤することをコンビニになぞって皮肉で言ったものだ。私は新設
高校の勤務経験がないので話として聞いただけだが、それは例外的な勤務時間
だった。新設から数年続いたと聞く。2014年に新聞投稿で掲載されたが、
「教員の多忙化」は、2002年頃から始まった授業の自己評価報告が源に
なっていると思う。私の定年(2008年)後から国や教育委員会からの調査
報告が増えたことは目にしている。教員が空き時間にパソコンに向かっている
姿に違和感を抱いていたが、現実であった。「保護者・地域からの要望対応」
が負担に感じる状況ではなかったと認識している。しかし、学校に対する
「社会の流れ」はすでに存在していたと言える。約30年前に、保護者から
県教育委員会に訴えられ、校長から事情聴取を受けた記憶は忘れられない。
教頭が地域からの苦情の対応に苦慮していたことも思い出される。教員本来の
業務以外のことのために多忙化している現状はおかしいと感じる。「生徒と向
き合う」ことが教員本来の仕事だ。教員定数の削減ではなく、学級定数の削減
と専門担当者を入れての協力システムを構築することが必要であり、実質的な
勤務時間の軽減が喫緊の課題であると思う。
中高の英語力、4技能全て目標に届かずと。
調査対象は、国公立の高校3年・約500校9万人、中学3年・約600
校6万人を抽出して実施された。高校は2014年度に引き続き2回目
となる。
中学3年生は、小学校での「外国語活動」が必修として始まった世代で、
授業時間や必修単語が増やされた。いわゆる「脱ゆとり教育世代」だ。
生徒の学力低下が指摘され、「ゆとり教育」が見直されたのだ。しかし、
「ゆとり教育」は、「詰め込み教育」の弊害から見直されたもので、充分
メリットもあったと、私は思っている。教える量の削減(30%)だけで
なく、質の問題(内容)だったと、私は考えている。責任は文科省にある。
それ故に、「ゆとり世代」が批判されることに違和感を抱いてきた。彼ら
に何の責任もないし、「ゆとり教育」の考え方が間違いだったとは思って
いない。背景にある「大学入試」に本質的な改善がなかっただけである。
「知識偏重」は変わっていなかったのだ。
2013年6月に閣議決定された「教育振興基本計画」は「中卒時に半数
が英検3級程度、高卒の半数が英検2級~準2級程度」を目標に設定してい
る。
今回の調査で、公立で目標レベルに到達したと判定された割合は、
「読む」(26.1%)、「聞く」(20.2%)、
「書く」(43.2%)、「話す」(32.6%)
でいずれも半数以下。比較的良かった「書く」も全く回答できない層が
12.6%おり、習熟差が大きかった。意識調査では56.1%が英語を
好きと答えた。
公立高校で目標をクリアした生徒はそれぞれ1~3割程度で、平均は中卒相当
の評価だ。
「読む」29.6%、 「聞く」24.2%、
「書く」17.2%、 「話す」9・8%
で前年と比べ、「話す」は横ばいだが、他の3技能はやや改善したが、低水準
であることには変わらない。
私は2012年の3月に退職した。元英語教員として関心を持ち続けている
ことは、小学校の英語の授業と、原則として英語の授業を英語で行うというこ
とだ。教員に求められていることが大きく変化している。私が在職中に、学習
指導要領の改訂に伴い、「学習活動」から「言語活動」へ、その後「コミュニ
ケーション活動」へと変化した。ALT(外国語指導助手)も増え、生徒が
ネイティブスピーカーと触れ合う機会が増えたことは、英語教員と生徒にとっ
ても良いことだと思っている。意識調査の56%と半数を超えた生徒が「英語
を好き」と答えたことに表れていると思う。「英語嫌い」が依然と比べて減っ
ているように感じる。英語教員の資質及びスキルの向上が求められているが、
教員を取り巻く環境の改善も求められる。
連合総合生活開発研究所(連合総研)の調査結果によると、小中教員の1日
平均労働時間が約13時間であることがわかった。「保護者・地域からの要望
対応」「国や教育委員会からの調査対応」への負担感が高く、勤務日の睡眠時
間は約6時間、読書時間は15分未満だった。連合総研は「教員の健康悪化や
資質向上の機会不足を招き、教育の質の低下につながる恐れがある」として、
長時間労働の改善を求めている。
私も「教員の多忙化」には憂慮している。調査では、負担を感じる業務の1
位が「保護者・地域からの要望対応」で80%を超え、2位が「国や教育委員
会からの調査対応」であった。私の教員時代では考えられない業務である。
新設高校では、セブン・イレブンとの言葉があった。つまり、7時に出勤し、
11時に退勤することをコンビニになぞって皮肉で言ったものだ。私は新設
高校の勤務経験がないので話として聞いただけだが、それは例外的な勤務時間
だった。新設から数年続いたと聞く。2014年に新聞投稿で掲載されたが、
「教員の多忙化」は、2002年頃から始まった授業の自己評価報告が源に
なっていると思う。私の定年(2008年)後から国や教育委員会からの調査
報告が増えたことは目にしている。教員が空き時間にパソコンに向かっている
姿に違和感を抱いていたが、現実であった。「保護者・地域からの要望対応」
が負担に感じる状況ではなかったと認識している。しかし、学校に対する
「社会の流れ」はすでに存在していたと言える。約30年前に、保護者から
県教育委員会に訴えられ、校長から事情聴取を受けた記憶は忘れられない。
教頭が地域からの苦情の対応に苦慮していたことも思い出される。教員本来の
業務以外のことのために多忙化している現状はおかしいと感じる。「生徒と向
き合う」ことが教員本来の仕事だ。教員定数の削減ではなく、学級定数の削減
と専門担当者を入れての協力システムを構築することが必要であり、実質的な
勤務時間の軽減が喫緊の課題であると思う。