今年の3,4月は、ブログを書くことに時間を費やしたために、ネット碁を打
たなかった。生来の性格のために、一つのことに夢中になると他のことがおろそ
かになる。時間があいてしまうと感覚が鈍る。感覚で碁を打つ習慣がついている
ために考えることができなくなっている。体調の問題もあって集中力にも欠ける。
連敗が続いて、1ランク落ちてしまったが、元に戻るのにひと月かかった。
囲碁はメンタルの要素が強いゲームだと言える、あるプロ棋士が「アマチュアの
人は、生活がかかっていないのに勝負にこだわる」と言っているが、負けると悔
しさを感じるゲームだからだ。私の麻雀仲間の一人も囲碁を趣味にしているが、
麻雀も囲碁も勝ち負けを競うが、囲碁で負ける方が悔しさが強いと言っているが、
私も同じである。囲碁は頭脳のゲームであるが故に、「運がなかった」との言い
訳ができない。実力(棋力)の差は明らかに出る。そのために、ハンディキャップ
をおくルールを作っている。私はハンディキャップのゲームを好まないので、同
ランクか1ランクの違いの範囲で、日本人だけではなく世界中の人とネット碁を
打っている。同じ日本人と打つことはもちろんあるが、外国の人とは初めて対戦
することが普通である。顔が見えないだけに、腹立たしい思いをすることがよく
ある。挑発的な戦いをしかけてくる人がかなりいる。私はその挑発に腹を立てて
乗ってしまう。冷静に対処できない自分にも腹が立つ。「無理が通れば道理が引
っ込む」との言葉があるが、そのことが盤上で起こる。自分のミスによって相手
の無理をとがめることができないことがしばしばである。同じミスを度々犯して
いるのが私の棋力と言えるのだろう。感情的になると、視野が狭くなり全体的な
判断力である大局観を見失うことになる。何事にも当てはまる人の心理と言える
だろう。私の碁は調子の波が大きく、連敗や連勝が続く傾向性が強い。囲碁には
性格が表れると言うが、それ以上に感情に触れるように感じる。感情的になりが
ちである。感情は理屈ではない。人の持つ特性であろう。
囲碁には全体的なバランス感覚が求められる大局観の勝負と戦いで決着をつける
勝負の二つの面がある。「形勢の判断力」が大事なのだが、アマチュアは、相手の
石を取ることを好み、自分の石を取られることを嫌う。自分だけの利益を追求する
ゲームの仕方をする。お互いの傾向性と言えるが、その露骨さを感じると腹が立つ
のが私である。私の性格は勝負事には向いていないと思っているが、ネット碁で
これほど感情的になる性格とは思っていなかった。負けず嫌いな性格ではあるが、
争いごとを好まない性格でもあるのだが。
6月末に、毎年恒例の吉原高校教員OB囲碁会に参加した。30年以上続いて
いる。元同じ職場の同僚が、囲碁を通じてこれほど長い関係が続くのは稀なこと
だろう。お互いに歳を重ね高齢者の会になっているが、それぞれの持つ雰囲気は
変わっていない。手元の古い名簿には18人の名前がある。この10年で、6人
の先輩教員が亡くなり、今年の参加者は11人であった。高齢の一人が体調に
不安があるために欠席された。私も3年前に欠席している。それぞれが何らかの
持病を抱えている。このメンバーで戦後生まれは私を含め4人だ。その中で、
現在講師として教壇に立っているのは、英語のAさんと数学のOさんの二人である。
Aさんは持病もなく元気である。年齢は私より一つ下である。みんなが年に1回
の再会を楽しみにしている。長く続けられることを願う。
近年、プロの世界も若手を中心に、中国や韓国の碁を研究して、影響を受けて
いるようだ。インターネットで情報を得て、コンピューターで研究していると聞
いている。将棋の世界では、コンピューターによる研究は常識になっているようだ。
私は将棋のことはわからない。若手のプロ棋士は世界を視野に入れている。現在の
日本を代表する棋士は井山裕太4冠(26歳)である。井山裕太4冠に続く若手が
伊田篤史八段(21歳)で現在十段のタイトルを持っている。一力遼七段(18歳)
も注目されている。プロの碁も序盤から戦いの連続の流れになってきている。
プロの世界は、「戦いの読み合い」に変化している。30年以上前の「芸の世界」
との美意識はなくなり、「勝つこと」が最も重視されている。コンピューターの
技術が進み、インターネットによるグローバル化により、様々な分野の世界で大
きな変化が起きている時代である。「時代の変化」への対応力が求められている。
最近、友から「爽快!勝ち筋さがし」の本を勧められて買って読んでいる。囲碁
問題集で、二つの手筋を探し、優先すべき手筋から勝ち筋を探す問題だ。手筋は、
囲碁の基本的技術であるが、実戦では見過ごしたり、気づかないでミスをすること
が多いのが私の棋力である。少しでも考えて碁を打つように心がけたいと思ってい
る。考えてわかるわけではないが、数手を読む習慣をつけるようにしたい。
ともかく囲碁を楽しむためにも。プロ棋士の武宮正樹九段(64歳)は、「囲碁は
楽しい。今が一番囲碁を楽しんでいる」と語っている。「楽しむ」ことにこそ意義
があるという結論になるのではないか。
たなかった。生来の性格のために、一つのことに夢中になると他のことがおろそ
かになる。時間があいてしまうと感覚が鈍る。感覚で碁を打つ習慣がついている
ために考えることができなくなっている。体調の問題もあって集中力にも欠ける。
連敗が続いて、1ランク落ちてしまったが、元に戻るのにひと月かかった。
囲碁はメンタルの要素が強いゲームだと言える、あるプロ棋士が「アマチュアの
人は、生活がかかっていないのに勝負にこだわる」と言っているが、負けると悔
しさを感じるゲームだからだ。私の麻雀仲間の一人も囲碁を趣味にしているが、
麻雀も囲碁も勝ち負けを競うが、囲碁で負ける方が悔しさが強いと言っているが、
私も同じである。囲碁は頭脳のゲームであるが故に、「運がなかった」との言い
訳ができない。実力(棋力)の差は明らかに出る。そのために、ハンディキャップ
をおくルールを作っている。私はハンディキャップのゲームを好まないので、同
ランクか1ランクの違いの範囲で、日本人だけではなく世界中の人とネット碁を
打っている。同じ日本人と打つことはもちろんあるが、外国の人とは初めて対戦
することが普通である。顔が見えないだけに、腹立たしい思いをすることがよく
ある。挑発的な戦いをしかけてくる人がかなりいる。私はその挑発に腹を立てて
乗ってしまう。冷静に対処できない自分にも腹が立つ。「無理が通れば道理が引
っ込む」との言葉があるが、そのことが盤上で起こる。自分のミスによって相手
の無理をとがめることができないことがしばしばである。同じミスを度々犯して
いるのが私の棋力と言えるのだろう。感情的になると、視野が狭くなり全体的な
判断力である大局観を見失うことになる。何事にも当てはまる人の心理と言える
だろう。私の碁は調子の波が大きく、連敗や連勝が続く傾向性が強い。囲碁には
性格が表れると言うが、それ以上に感情に触れるように感じる。感情的になりが
ちである。感情は理屈ではない。人の持つ特性であろう。
囲碁には全体的なバランス感覚が求められる大局観の勝負と戦いで決着をつける
勝負の二つの面がある。「形勢の判断力」が大事なのだが、アマチュアは、相手の
石を取ることを好み、自分の石を取られることを嫌う。自分だけの利益を追求する
ゲームの仕方をする。お互いの傾向性と言えるが、その露骨さを感じると腹が立つ
のが私である。私の性格は勝負事には向いていないと思っているが、ネット碁で
これほど感情的になる性格とは思っていなかった。負けず嫌いな性格ではあるが、
争いごとを好まない性格でもあるのだが。
6月末に、毎年恒例の吉原高校教員OB囲碁会に参加した。30年以上続いて
いる。元同じ職場の同僚が、囲碁を通じてこれほど長い関係が続くのは稀なこと
だろう。お互いに歳を重ね高齢者の会になっているが、それぞれの持つ雰囲気は
変わっていない。手元の古い名簿には18人の名前がある。この10年で、6人
の先輩教員が亡くなり、今年の参加者は11人であった。高齢の一人が体調に
不安があるために欠席された。私も3年前に欠席している。それぞれが何らかの
持病を抱えている。このメンバーで戦後生まれは私を含め4人だ。その中で、
現在講師として教壇に立っているのは、英語のAさんと数学のOさんの二人である。
Aさんは持病もなく元気である。年齢は私より一つ下である。みんなが年に1回
の再会を楽しみにしている。長く続けられることを願う。
近年、プロの世界も若手を中心に、中国や韓国の碁を研究して、影響を受けて
いるようだ。インターネットで情報を得て、コンピューターで研究していると聞
いている。将棋の世界では、コンピューターによる研究は常識になっているようだ。
私は将棋のことはわからない。若手のプロ棋士は世界を視野に入れている。現在の
日本を代表する棋士は井山裕太4冠(26歳)である。井山裕太4冠に続く若手が
伊田篤史八段(21歳)で現在十段のタイトルを持っている。一力遼七段(18歳)
も注目されている。プロの碁も序盤から戦いの連続の流れになってきている。
プロの世界は、「戦いの読み合い」に変化している。30年以上前の「芸の世界」
との美意識はなくなり、「勝つこと」が最も重視されている。コンピューターの
技術が進み、インターネットによるグローバル化により、様々な分野の世界で大
きな変化が起きている時代である。「時代の変化」への対応力が求められている。
最近、友から「爽快!勝ち筋さがし」の本を勧められて買って読んでいる。囲碁
問題集で、二つの手筋を探し、優先すべき手筋から勝ち筋を探す問題だ。手筋は、
囲碁の基本的技術であるが、実戦では見過ごしたり、気づかないでミスをすること
が多いのが私の棋力である。少しでも考えて碁を打つように心がけたいと思ってい
る。考えてわかるわけではないが、数手を読む習慣をつけるようにしたい。
ともかく囲碁を楽しむためにも。プロ棋士の武宮正樹九段(64歳)は、「囲碁は
楽しい。今が一番囲碁を楽しんでいる」と語っている。「楽しむ」ことにこそ意義
があるという結論になるのではないか。