「民主主義」について考えてみたい。広辞苑によると、democracy の
語原はギリシャ語の demokratia で、demos(人民)と kratia(権力)
とを結合したもの。権力は人民に由来し、権力を人民が行使すると
いう考えとその政治形態。
民主主義の基本は、「国民主権」と、「基本的人権」にあると考え
ている。一党独裁国家や王政国家には、民主主義はないということで
ある。
17日に大阪都構想に対する住民投票が行われ、賛否が1万票余り
の僅差で反対票が上回り、否決との大阪市民の判断が下された。
有権者総数が210万4,076人、投票率66.83%。
賛成 49.6%、694,844票。
反対 50.4%、705,585票。
僅差(10,741票)での反対の意思決定となった。
橋下徹市長は任期満了での政界引退を表明した。笑顔での会見が印象
的であった。独裁的行政的手法に対する反発や力不足との感想を述べた。
不人気の政治家は、ワンポイントでいいと。国民に指示される政治家が
長くやることがいいと発言、自らの政界引退を表明したことは潔いとの
感想を持った。戦いをしかけて敗れても命まで取られない。日本の民主
主義は素晴らしいと語った。私は、橋下氏の政治的手法や考え方に批判
的な意見を持っていた。独裁的強権政治手法は、民主主義に反すると考
えていたからだ。
今回の住民投票で注目していたのは、投票率である。70%を期待して
いた。自治体の首長や議員選挙で、投票率が50%を切ることは、民主
主義の危機的問題と感じていた。賛成か反対の二者択一は難しいことだ。
どちらとも言えないとの意見の人は、棄権したのだろう。投票率の指標
としては、白紙投票があってもいいのではないかと思っている。結果へ
の影響力はないが、投票権を行使することが優先されるべきだと考える。
白票を無効ではなく、白票も一つの選択肢にしてもいいのではないか。
私は47年間の選挙で投票所に行かなかったことは一度もない。
適当な候補者がいないと思った時には、白票を投じてきた。
白票が意思表示であり、投票することが国民の権利及び義務だと考える。
「安保法制」が国会で議論される。国会は、「国権の最高機関」であるが
故に、国民の代表者としての議論をしてほしい。政党の縛りがあるだろ
うが、議員一人一人がしっかりと勉強し、民意を捉え、自分自身の意見
を持ってもらいたい。日本人は議論が得意ではない。感情的になり、
冷静な判断力を失う傾向があると感じている。私の教員生活の経験でも、
激しい論戦が行われたのは、学校運営の管理職と教職員組合の組織
との対立である。対立は不毛である。個人の意見というよりも、
スタンスの違いによる論争である。教職員組合の組織が強い学校では、
学校運営の決定が難しい状況を経験している。私は、個人として自分
の意見を発言してきた人間である。基本的なスタンスは生徒に置いた
ので、政治的な色彩はなかった。組合(員)のバックには、今で言う
「連合」の組織がある。その影響下での意見ということが感じられた。
また管理職側は、「県教委」の指示に従う論戦で、現場の学校独自の判断
を求める傾向ではなかったと感じている。教職員組合の組織の加入者
の減少とともに、「職員会議」での発言が少なくなり、現在では、学校運営
に異を唱える意見はなく、活発な議論とは程遠い状態になっていると
聞く。アクティブ・ラーニング(課題解決型学習)の方向へ教育が
シフトされる。教師自身も、自分で考え自分で解決する意見を持ち、
その意見を発信する必要があると考える。議論の過程で納得して
合意形成をする見本を教師自ら示すべく努力しなければならない。
それができなくて生徒に教えることができるのかと問いたい。
真面目さは大事であるが、指示されたり、マニュアルがなければ
生徒の指導ができないような教員であってほしくない。民主主義の
原理を学校現場で示してもらいたいと思う。発言することは、
自分の考えを公にし、責任を伴うのである。言動が一致してこそ
「信頼」が生まれる。教育も政治も「信頼」が根本である。
本日の毎日新聞連載・安保論戦に望むで、若い女性国際政治学者・
三浦瑠璃氏の意見は傾聴に値すると感じた。要点だけを引用する。
安全保障関連法制の必要性について、「日米が軍事協力する際、
集団的自衛権が行使できないと現代戦ではまったく意味がない。」
法案の評価は「結果として現行に比べできることの幅はあまり広
がっておらず、変革の象徴的な意味合いを持つものと考える。」
「安全保障では、法的に要件が適合していても、政策判断として
”やらない”ことが重要になる。」どこに歯止めを求めるかについて
は「国会であるべきだし、国会以外にない。その意味で、公明党が
自衛隊派遣の厳格な国会承認を求めた点は高く評価している。」
今の国会の状況について「官僚的な言葉を使う政治家が多すぎる。
平易な言葉で腹に落ちるように語れるかどうかが重要だ。国会議員
の感覚は国民に似ているべきで、素朴な感じでしゃべってほしい。」
与野党に求める姿勢は「政権・与党には、”安心しろ”と言わず、
リスクとコストをちゃんと説明するように求めたい。そもそも政権が
事前に”これはやる、やらない”と言明するのは安全保障上、危険
で抑止力を損なう。野党は”過去の答弁と違う”など”経緯論”は
そろそろ放棄したほうがいい。”平和国家の理念はどう発現される
べきか””自衛隊員にリスクは説明しているのか”など具体的に突
っ込むべきだ。そうすれば、政権は論戦の課程で、夢物語やオール
ハッピーなセオリーは維持できなくなる。質疑を重ね、政策的に
プラスになる論戦を期待したい。」と語っている。冷静でまともな
意見だと感じる。自衛隊の活動範囲が拡大すれば、リスクを伴う
のは当然であるが、そのリスクを煽るような議論には疑問を感じ
ている。日本の安全保障の基軸は日米同盟にあることは事実だ。
日本の自衛隊の活動の基軸は、日米同盟にあるのではなく、
日本国憲法にあることを肝に命じるべきだ。憲法の解釈には限界
がある。日本は、不戦の”平和国家”の歩みを続けることを国際
社会に明確に発信すべきであり、国際理解を得るような国会の議論
を期待するとともに、戦後70年の首相談話に注目している。
「民主主義」は、主権が国民にあるのであって、国家にあるので
はない。国会議員は、国民の代表者として立法機関の国会に参加し
ている。その立法が国民を規制する。国会議員を国民が選ぶのが
「選挙」である。権力を行使する行政府を唯一規制するのが
「日本国憲法」である。「日本国憲法」は、日本の「民主主義」
を体現すると私は考える。
語原はギリシャ語の demokratia で、demos(人民)と kratia(権力)
とを結合したもの。権力は人民に由来し、権力を人民が行使すると
いう考えとその政治形態。
民主主義の基本は、「国民主権」と、「基本的人権」にあると考え
ている。一党独裁国家や王政国家には、民主主義はないということで
ある。
17日に大阪都構想に対する住民投票が行われ、賛否が1万票余り
の僅差で反対票が上回り、否決との大阪市民の判断が下された。
有権者総数が210万4,076人、投票率66.83%。
賛成 49.6%、694,844票。
反対 50.4%、705,585票。
僅差(10,741票)での反対の意思決定となった。
橋下徹市長は任期満了での政界引退を表明した。笑顔での会見が印象
的であった。独裁的行政的手法に対する反発や力不足との感想を述べた。
不人気の政治家は、ワンポイントでいいと。国民に指示される政治家が
長くやることがいいと発言、自らの政界引退を表明したことは潔いとの
感想を持った。戦いをしかけて敗れても命まで取られない。日本の民主
主義は素晴らしいと語った。私は、橋下氏の政治的手法や考え方に批判
的な意見を持っていた。独裁的強権政治手法は、民主主義に反すると考
えていたからだ。
今回の住民投票で注目していたのは、投票率である。70%を期待して
いた。自治体の首長や議員選挙で、投票率が50%を切ることは、民主
主義の危機的問題と感じていた。賛成か反対の二者択一は難しいことだ。
どちらとも言えないとの意見の人は、棄権したのだろう。投票率の指標
としては、白紙投票があってもいいのではないかと思っている。結果へ
の影響力はないが、投票権を行使することが優先されるべきだと考える。
白票を無効ではなく、白票も一つの選択肢にしてもいいのではないか。
私は47年間の選挙で投票所に行かなかったことは一度もない。
適当な候補者がいないと思った時には、白票を投じてきた。
白票が意思表示であり、投票することが国民の権利及び義務だと考える。
「安保法制」が国会で議論される。国会は、「国権の最高機関」であるが
故に、国民の代表者としての議論をしてほしい。政党の縛りがあるだろ
うが、議員一人一人がしっかりと勉強し、民意を捉え、自分自身の意見
を持ってもらいたい。日本人は議論が得意ではない。感情的になり、
冷静な判断力を失う傾向があると感じている。私の教員生活の経験でも、
激しい論戦が行われたのは、学校運営の管理職と教職員組合の組織
との対立である。対立は不毛である。個人の意見というよりも、
スタンスの違いによる論争である。教職員組合の組織が強い学校では、
学校運営の決定が難しい状況を経験している。私は、個人として自分
の意見を発言してきた人間である。基本的なスタンスは生徒に置いた
ので、政治的な色彩はなかった。組合(員)のバックには、今で言う
「連合」の組織がある。その影響下での意見ということが感じられた。
また管理職側は、「県教委」の指示に従う論戦で、現場の学校独自の判断
を求める傾向ではなかったと感じている。教職員組合の組織の加入者
の減少とともに、「職員会議」での発言が少なくなり、現在では、学校運営
に異を唱える意見はなく、活発な議論とは程遠い状態になっていると
聞く。アクティブ・ラーニング(課題解決型学習)の方向へ教育が
シフトされる。教師自身も、自分で考え自分で解決する意見を持ち、
その意見を発信する必要があると考える。議論の過程で納得して
合意形成をする見本を教師自ら示すべく努力しなければならない。
それができなくて生徒に教えることができるのかと問いたい。
真面目さは大事であるが、指示されたり、マニュアルがなければ
生徒の指導ができないような教員であってほしくない。民主主義の
原理を学校現場で示してもらいたいと思う。発言することは、
自分の考えを公にし、責任を伴うのである。言動が一致してこそ
「信頼」が生まれる。教育も政治も「信頼」が根本である。
本日の毎日新聞連載・安保論戦に望むで、若い女性国際政治学者・
三浦瑠璃氏の意見は傾聴に値すると感じた。要点だけを引用する。
安全保障関連法制の必要性について、「日米が軍事協力する際、
集団的自衛権が行使できないと現代戦ではまったく意味がない。」
法案の評価は「結果として現行に比べできることの幅はあまり広
がっておらず、変革の象徴的な意味合いを持つものと考える。」
「安全保障では、法的に要件が適合していても、政策判断として
”やらない”ことが重要になる。」どこに歯止めを求めるかについて
は「国会であるべきだし、国会以外にない。その意味で、公明党が
自衛隊派遣の厳格な国会承認を求めた点は高く評価している。」
今の国会の状況について「官僚的な言葉を使う政治家が多すぎる。
平易な言葉で腹に落ちるように語れるかどうかが重要だ。国会議員
の感覚は国民に似ているべきで、素朴な感じでしゃべってほしい。」
与野党に求める姿勢は「政権・与党には、”安心しろ”と言わず、
リスクとコストをちゃんと説明するように求めたい。そもそも政権が
事前に”これはやる、やらない”と言明するのは安全保障上、危険
で抑止力を損なう。野党は”過去の答弁と違う”など”経緯論”は
そろそろ放棄したほうがいい。”平和国家の理念はどう発現される
べきか””自衛隊員にリスクは説明しているのか”など具体的に突
っ込むべきだ。そうすれば、政権は論戦の課程で、夢物語やオール
ハッピーなセオリーは維持できなくなる。質疑を重ね、政策的に
プラスになる論戦を期待したい。」と語っている。冷静でまともな
意見だと感じる。自衛隊の活動範囲が拡大すれば、リスクを伴う
のは当然であるが、そのリスクを煽るような議論には疑問を感じ
ている。日本の安全保障の基軸は日米同盟にあることは事実だ。
日本の自衛隊の活動の基軸は、日米同盟にあるのではなく、
日本国憲法にあることを肝に命じるべきだ。憲法の解釈には限界
がある。日本は、不戦の”平和国家”の歩みを続けることを国際
社会に明確に発信すべきであり、国際理解を得るような国会の議論
を期待するとともに、戦後70年の首相談話に注目している。
「民主主義」は、主権が国民にあるのであって、国家にあるので
はない。国会議員は、国民の代表者として立法機関の国会に参加し
ている。その立法が国民を規制する。国会議員を国民が選ぶのが
「選挙」である。権力を行使する行政府を唯一規制するのが
「日本国憲法」である。「日本国憲法」は、日本の「民主主義」
を体現すると私は考える。