結婚を考える上で、経済事情を考えるのは、いつの時代でも変わらない。
現実の生活を考えることは、当然なことだ。
私も、結婚し二人の子供を育てた。二人とも男である。長男が42歳、
次男が40歳になる。長男は結婚し、二人の子どもがいる。7歳の男の
子と5歳の女の子だ。夫婦は友働きで、自閉症の施設で働き、知り合う。
長男は、学校を出てから家に戻ってきた。本人の意志である。規模の
大きな福祉施設で働いたが、本人の未熟さと、経営に対する疑問のために、
職場をやめた。友だちの親が経営する小さな有限会社でアルバイトを
していた。親の脛をかじる生活と言えるだろう。私は何も言っていない。
自閉症の施設の職員の募集があり、応募した。この施設は、私の先輩
教員が、後援会長を務めていた。息子さんが自閉症であった。静岡県
唯一の施設の設立に尽力した人である。その先輩とは同じ教科を担当
しており、話す機会が多かった。息子さんにも何回か会っている。
大人との触れ合いをさせたいとの親の気持ちで、私を含めた同僚を
数人を家に招いた。30年余り経つ。息子さんは10代後半だった
と記憶している。もう50歳になるとのことだ。
私の長男は、その施設の面接を受け採用されたのだが、私が口を
聞いたと誤解し、私に腹を立てたようだ。私は、息子が受けることを
先輩教員に話したが、よろしくとは頼んでいない。先輩も働きかけは
していないと言う。自力で面接に受かったのであって、私が採用には
関与していないことを説明して誤解を解くのに苦労したことを覚えて
いる。その職場で知りあった女性との結婚の話しは早々と進み、1年後
に入籍し、その3が月後に、結婚式と披露宴を開いた。
息子は、それ以前には4年近く交際していた女性がいた。その女性
との結婚に踏み切れなかったのは、仕事であり、経済事情にあると
推測している。仕事が決まり、新しい女性と出会い結婚し、私の家の
近くのコーポに住み、4年前に、私の家の横の駐車場に新築して
現在に至っている。
私の次男は、高校を卒業して、自分の夢(俳優)を追いかけ、東京に
出たが、現実は甘くなかった。1年後に家に戻ってきて、浪人生活を
送った。英語の勉強は私が教えたが、演劇の勉強は何もしていなかった
ので、実技試験は通らなかった。再び家を出て、自分の道を探し、仕事
を変え、今は営業の仕事をしている。それ故に独身である。結婚の意志
はあるようだが、仕事の安定と経済事情が問題である。次男は、見た目が
私によく似ているようだ。周りも、本人もそう思っている。性格の特徴は、
人当たりがよく、気配りができることにある。私の持つ個性とは違うが、
本質的には似ているのではないかと感じている。以上が私の二人の息子
のことである。
今朝の新聞で、少子化が進む東京は、地方に比べて物価が高く、恋愛や
結婚にも経済事情が影を落としている。特に、不況しか知らないバブル後
の世代は、お金への不安を感じており、結婚を含め金銭見合いで行動を
抑えることがある。恋愛や結婚もカネ次第ということなのか。
(5月6日付毎日新聞)
私の世代の男は、結婚して家庭を持ち、外で働き、家族を養うとの考え方
が普通であったように思う。女性も結婚して家庭に入ることが、一般的な
考え方だ。今は、時代の流れとともに価値観が多様化している。「男は」とか
「女は」とかの固定観念は通用しない。それぞれが「自立」した存在だ。
女性の自立への道は苦難の道であったが、社会のあらゆる分野に進出を果たし
てきた。男女の差別は依然としてあるが、女性の活躍が期待される時代に
なったことは間違いない。仕事と結婚と育児の問題は、解決されてはいない。
夫婦の家庭での役割も私の世代とは異なり、協力関係なしには成りたたない。
難しいのは育児であろう。保育園に預ければすむようなことではない。
長男の夜勤のある不規則な勤務や土曜・日曜・祭日が休めないような仕事では、
保育園も機能しない。長男夫婦が恵まれているのは、両方の親が健在で、
隣に私たちがいて、車で5分ぐらいのところに、嫁の実家がある。
どちらかの親が面倒を見てくれている。孫たちも当然のことと受け入れている。
私たちにとっても孫と触れ合い、成長の様子を見ることができ嬉しいことである。
しかし、二人を同時に見ることは大変だと、妻は言っている。それぞれが
自己主張が強く、すぐ喧嘩をする。私は見ているだけだ。孫の躾にはあまり
口をはさむことはできない。親との食い違いがあってもいけないし、
「家庭での責任」は親にあるからだ。
記事に「結婚にはメリットがないと思うんです。だって、コスパが悪いですよね」
(公務員、26歳)の考え方は理解できない。結婚を価値とみなし、メリットと
デメリットを考えるのだろうか。結婚をするか、しないかの選択は自由である。
昔のように、結婚して一人前との考え方は、時代に合わないと思う。しかし、
損得で恋愛や結婚を考えるのは違うと思う。恋愛も結婚も心のあり方が大切
であることは、時代には関係ないことである。結婚は現実の生活であるように、
現実認識なしに結婚を考えることはできないことは事実であろう。仕事と経済
事情が問題であることは、充分理解できることである。損得の問題ではない
ことだけは言いたい。損得で物事を考えることは、幸福への道ではないからだ。
経済不況の中で育ち、給料は抑えられ、物価は高く、将来への不安を感じる
のは、若者だけではない。子どもの教育費にも莫大なお金がかかる。政治の
問題であり、財政の問題である。アベノミクスへの期待があるが、デフレ
脱却への道が開けず、「格差」が広がっているのが現実である。
「幸福は与えられるものではない。自らの知恵で価値を創造しながら勝ち取る
ものだ。」との言葉を本で読んだ。明治の初期に生まれ、帝国主義国家と戦い、
終戦の前年、拘置所で逝去した教育者の言葉をかみしめている。
人は、いかなる時代にあっても、「幸福と平和」を追求する心を失わず、辛抱強く
自分らしく努力しながら歩いて行く人生であることを願うものである。
現実の生活を考えることは、当然なことだ。
私も、結婚し二人の子供を育てた。二人とも男である。長男が42歳、
次男が40歳になる。長男は結婚し、二人の子どもがいる。7歳の男の
子と5歳の女の子だ。夫婦は友働きで、自閉症の施設で働き、知り合う。
長男は、学校を出てから家に戻ってきた。本人の意志である。規模の
大きな福祉施設で働いたが、本人の未熟さと、経営に対する疑問のために、
職場をやめた。友だちの親が経営する小さな有限会社でアルバイトを
していた。親の脛をかじる生活と言えるだろう。私は何も言っていない。
自閉症の施設の職員の募集があり、応募した。この施設は、私の先輩
教員が、後援会長を務めていた。息子さんが自閉症であった。静岡県
唯一の施設の設立に尽力した人である。その先輩とは同じ教科を担当
しており、話す機会が多かった。息子さんにも何回か会っている。
大人との触れ合いをさせたいとの親の気持ちで、私を含めた同僚を
数人を家に招いた。30年余り経つ。息子さんは10代後半だった
と記憶している。もう50歳になるとのことだ。
私の長男は、その施設の面接を受け採用されたのだが、私が口を
聞いたと誤解し、私に腹を立てたようだ。私は、息子が受けることを
先輩教員に話したが、よろしくとは頼んでいない。先輩も働きかけは
していないと言う。自力で面接に受かったのであって、私が採用には
関与していないことを説明して誤解を解くのに苦労したことを覚えて
いる。その職場で知りあった女性との結婚の話しは早々と進み、1年後
に入籍し、その3が月後に、結婚式と披露宴を開いた。
息子は、それ以前には4年近く交際していた女性がいた。その女性
との結婚に踏み切れなかったのは、仕事であり、経済事情にあると
推測している。仕事が決まり、新しい女性と出会い結婚し、私の家の
近くのコーポに住み、4年前に、私の家の横の駐車場に新築して
現在に至っている。
私の次男は、高校を卒業して、自分の夢(俳優)を追いかけ、東京に
出たが、現実は甘くなかった。1年後に家に戻ってきて、浪人生活を
送った。英語の勉強は私が教えたが、演劇の勉強は何もしていなかった
ので、実技試験は通らなかった。再び家を出て、自分の道を探し、仕事
を変え、今は営業の仕事をしている。それ故に独身である。結婚の意志
はあるようだが、仕事の安定と経済事情が問題である。次男は、見た目が
私によく似ているようだ。周りも、本人もそう思っている。性格の特徴は、
人当たりがよく、気配りができることにある。私の持つ個性とは違うが、
本質的には似ているのではないかと感じている。以上が私の二人の息子
のことである。
今朝の新聞で、少子化が進む東京は、地方に比べて物価が高く、恋愛や
結婚にも経済事情が影を落としている。特に、不況しか知らないバブル後
の世代は、お金への不安を感じており、結婚を含め金銭見合いで行動を
抑えることがある。恋愛や結婚もカネ次第ということなのか。
(5月6日付毎日新聞)
私の世代の男は、結婚して家庭を持ち、外で働き、家族を養うとの考え方
が普通であったように思う。女性も結婚して家庭に入ることが、一般的な
考え方だ。今は、時代の流れとともに価値観が多様化している。「男は」とか
「女は」とかの固定観念は通用しない。それぞれが「自立」した存在だ。
女性の自立への道は苦難の道であったが、社会のあらゆる分野に進出を果たし
てきた。男女の差別は依然としてあるが、女性の活躍が期待される時代に
なったことは間違いない。仕事と結婚と育児の問題は、解決されてはいない。
夫婦の家庭での役割も私の世代とは異なり、協力関係なしには成りたたない。
難しいのは育児であろう。保育園に預ければすむようなことではない。
長男の夜勤のある不規則な勤務や土曜・日曜・祭日が休めないような仕事では、
保育園も機能しない。長男夫婦が恵まれているのは、両方の親が健在で、
隣に私たちがいて、車で5分ぐらいのところに、嫁の実家がある。
どちらかの親が面倒を見てくれている。孫たちも当然のことと受け入れている。
私たちにとっても孫と触れ合い、成長の様子を見ることができ嬉しいことである。
しかし、二人を同時に見ることは大変だと、妻は言っている。それぞれが
自己主張が強く、すぐ喧嘩をする。私は見ているだけだ。孫の躾にはあまり
口をはさむことはできない。親との食い違いがあってもいけないし、
「家庭での責任」は親にあるからだ。
記事に「結婚にはメリットがないと思うんです。だって、コスパが悪いですよね」
(公務員、26歳)の考え方は理解できない。結婚を価値とみなし、メリットと
デメリットを考えるのだろうか。結婚をするか、しないかの選択は自由である。
昔のように、結婚して一人前との考え方は、時代に合わないと思う。しかし、
損得で恋愛や結婚を考えるのは違うと思う。恋愛も結婚も心のあり方が大切
であることは、時代には関係ないことである。結婚は現実の生活であるように、
現実認識なしに結婚を考えることはできないことは事実であろう。仕事と経済
事情が問題であることは、充分理解できることである。損得の問題ではない
ことだけは言いたい。損得で物事を考えることは、幸福への道ではないからだ。
経済不況の中で育ち、給料は抑えられ、物価は高く、将来への不安を感じる
のは、若者だけではない。子どもの教育費にも莫大なお金がかかる。政治の
問題であり、財政の問題である。アベノミクスへの期待があるが、デフレ
脱却への道が開けず、「格差」が広がっているのが現実である。
「幸福は与えられるものではない。自らの知恵で価値を創造しながら勝ち取る
ものだ。」との言葉を本で読んだ。明治の初期に生まれ、帝国主義国家と戦い、
終戦の前年、拘置所で逝去した教育者の言葉をかみしめている。
人は、いかなる時代にあっても、「幸福と平和」を追求する心を失わず、辛抱強く
自分らしく努力しながら歩いて行く人生であることを願うものである。