新聞記事、明日を求めて

ペルー共和国ベラウンデ元大統領(2002年、89歳で死去)

「私に余生はいりません。私は大統領やめた後は、今まで研究して

きた建築学を一生涯、勉強し、国家と人類に貢献したい」

世界共通の利益という観点に立って進んでほしい」

「将来、困難な事態も多くあるかもしれませんが、常に困難を

解決してきたのが、人類の歴史です。その未来の使命を、特に

日本の若人が双肩に担ってもらいたいのです」



「国際平和支援法」(恒久法)で、国会承認の在り方が焦点となり、

「事後承認」で自公対立。公明党は、「例外なき事前承認」により

派遣するよう求め、平行線との記事を読んだ。

文民統制の観点から、立法府である国民の代表の国会承認は、

当然のことと考える。その理由は、日本国憲法前文、

国民主権」「国政は、国民の信託」の理念にある。

行政府の判断だけで行われるのは、違憲である私は考える。



驚くべき日本語」本の紹介。

まえがきより

「日本語という言語は、日本人だけに通用する特殊な暗号のようなもの

だと考えられてきたように思います。外国人には、暗号を「解読」できた

としても、言葉の深い意味 ー 日本民族の「こころの声」ーは、おおよそ

理解できないだろうと、たいていの日本人は思っていました。」

 筆者は、日本語への日本人の思い込みを指摘している。

日本人の思い込みも、日本の風土とそれに基づく日本語の使い方による

ものです。と筆者は書いている。
 
 私を含めて、現代の日本人は、日本語の持つ魅力をどれだけ理解して

いるだろうか。日本語を知る外国人からの示唆に富む言語論だと思う。



「日本の大和言葉を美しく話す」ーこころが通じる和の表現

私たちが日常使っている日本語表現を考えてみる機会を与えて

くれる本だと思う。「胸に迫る」、「折り合う」などの素晴ら

しい日本語を使うのもいいのではないか。

恩師の手紙の中にある、「むべなるかな」の言葉が、私の胸に迫る。


 日本語は素晴らしい言語だと私は思っている。

主観的言語観ではあるが、私は英語を多少読んだに過ぎない

人間であるが、英語と比較して、日本語には奥ゆきを感じる。

英語のほうが、ストレートな表現に思える。非才浅学な人間が

評することはできないのだが。「話し言葉」としての日本語が、

乱れてきているように感じている。言葉自体は、時代に応じて、

解釈や使い方が変化していくものだが、美しく変化しているとは

思えない。

日本語の漢語と外来語は、日本人が、「熟成加工」して、

定着したと言えるであろう。言葉は文化である。豊かな文化

を築いていくように心がけたいものだ。

<駄作短歌>  2005年

言(こと)の葉(は)に返してくれる君の顔

心豊かな触れ合いの時間(とき)

     When I say my words,

    you answer them with a smiling face.
             
     When I see your face,

    I feel as if my heart is filled with richness.
    
  I’m enjoying myself at this time.

 私は短歌を創れるような人間ではないが、生徒との言葉の

キャッチボールを短歌のスタイルで表現したいとの想いで

詠んだものである。生徒には、最初で最後だと言った。

英語で表現してみた時に、同僚の若い教員Mちゃんは、

「先生の歌は好きですよ。でも英語では、気恥ずかしいのでは(笑)」

と言っていたことを思い出す。

 このような経験からも、日本語と英語では言葉の表現の違いを感じる。

日本語のほうが控えめな表現になると思う。


私の好きな言葉の一つが、「希望」「」である。

ロシア・モスクワ大学

 サドーヴニチイ総長

希望とは、私たちを正しい方向に導く

人生の羅針盤”」


希望とは、精神のもち方、心の働きである。」(バツラフ・ハベル)

をしっかりとつかまえておきなさい

だって、もしが消えてしまったら、

人生は翅の折れた鳥のようなもの

飛ぶことができなくなってしまうから」(ラングストン・ヒューズ)



水曜日の午前中に、月に一度通う内科へ行った。医師は「どうですか?」

との決まり文句だ。「いいですよ」と答えると、「楽しいですね」と

言葉が返ってきた。このような会話をした覚えがない。何年、この医院

に通っているだろうか。10年くらいになるだろう。

斎藤茂太氏「日々、起こることを楽しんでしまえる力。それこそ、

人生を成功させる原動力なのではないだろうか。そして、その力

をもっていなければ、いつの時代も、生きていくのは、なかなか

大変なのではないかと思っている。

人生、楽しくなくては生きる意味がない。これが私の持論である。」

この言葉の意味を実感している昨今の私である。