今日の午後、小雨のなか、柿田川サントムーンへ、
ワイシャツを買いに出かけた。何年振りかで、買いたい
気分になった。ワイシャツを着る機会は、退職してから
一度もなかった。喪服は別にして、白のワイシャツは
買ったことはない。カラーワイシャツがほとんどだ。
実は、5月の高校の同窓会に来ていくためにほしかったのだ。
新しいものが好きなオシャレな人間だ。スーツにするか
ジャケットにするか決めてはいないが、どちらでもいいように
選んだ。好みは変わらない。ブルー系である。
本屋に立ち寄った。「驚くべき日本語」のタイトルで、
帯には、日本語はなぜ「世界共通語」にふさわしいのか。
英・露・ポーランド・日本語。異なる文化的背景から
生まれた4カ国語をマスターした外国人作家が、比較言語論
や自らの体験をもとに、世界に誇る日本語独自の魅力と
「世界共通語」としての可能性を説く!
パラパラっとページをめくって、すぐに購入した。
ボーリング場に入ってみた。3年ぶりに来たのだが。
一人のスタッフと顔を合わせた。「久しぶりですね」と声を
かけられた。「ボールを持っていますか」と聞かれた。「持っているよ」
と答えると、「3時からのゲームに出ませんか」と言われたが、
1時間半ほどあったので、「また次の機会に」と言って、ボーリング場
を後にして、TullY'sでカフェラテを飲みながら、本を読みだした。
まえがきを読み、第1章の言語とは何かを読んでみた。
良い本に出合ったとの印象を持った。私は言語には関心が深いので、
じっくり読んでみたいと思った。わたしたちのアイデンティティー
は「言葉」によって創られる。との言葉が印象深い。言語を考える
のに適切な本と感じている。
2時半近くになっていたので、ボーリング場に再び行くことにした。
車を移動させて、ボーリングバッグを引きずって入っていった。
3年ぶりの大会であった。ビリになるのを覚悟はしていたが、まさか
のビリであった。20数人が参加していた。ほとんどが私よりも高齢の
人であった。以前の知り合いのO夫妻と会い、奥さんと話しをした。
「珍しいですね」と言っていた。「体調が悪く、ボーリングからは遠ざかった」
と私は答えた。O夫妻のボーリングキャリアは長い。50年を超えている
のではないかと思う。このボーリング場のオープンの時からの知り合いだ。
このボーリング場も15年は経っている。
一番記憶に残っているのは、アメリカのトッププロボウラーが来て、大会
をやった時のことだ。150人以上の人が参加していた。10番前後だった
との記憶だ。PBA(アメリカのプロボウラー)の選手のレベルの高さを
じかに見ることができた。そのことが最大の思い出である。日本のプロ
がアマチュアに見えるくらいの実力差である。
日本のプロは何人も知っている。プロチャレンジでも、何回か勝っている。
ノーハンディである。ハンディがあるので、大差で勝ったこともある。
3ゲームでは、プロがアマチュアに勝つのは楽ではない。ハンディがあるので。
プロとアマトップ(公式アベレージが200点以上)ではレベルの差はない
のが事実である。私はアマのトップからは差をつけられていた。
このセンターではないが、6ゲームの代表選考会(岩波のボウリング場)で、
1位で通過して県大会に出ることになったことがあるが、高熱で県大会を
棄権した。実に残念だった。そんな思い出が蘇ってくる。
今日の試合に戻るが、3ゲームのスコアが358点だった。現役でやって
いた頃の2ゲームのスコアである。ハンディを1ゲーム40点もらったので。
トータル478点だ。私の大会史上最低新記録だ。それも当然であろう。
1位は658点とのことだ。ハンディ込の点数である。
私が代表選考会で1位通過した点数と同じくらいである。もちろん選考会は
ハンディはなく、スクラッチと呼ばれている。大会もハンディ戦と
スクラッチ戦の2種類あるが、ハンディ戦が普通である。
今日のように、スタッフチャレンジは、ゲームを楽しむ要素が強く、
点を競うゲームとは違う。しかし、私にとっては久しぶりの実戦のゲーム
である。練習とは違う気分が味わえる。スタッフには全員勝利とのことで、
実質700円で3ゲームを行うことができた。親善試合のようなものだ。
ボールを持つ右手の筋肉の衰えがひどい。ボールを落とすような感じでは
ゲームにはならない。でも楽しむことができた。右手が痛い。雪辱を誓い、
再びチャレンジしょうと思っている。ボウリングを楽しめるまで体調が
良くなっていることが嬉しい。
ワイシャツを買いに出かけた。何年振りかで、買いたい
気分になった。ワイシャツを着る機会は、退職してから
一度もなかった。喪服は別にして、白のワイシャツは
買ったことはない。カラーワイシャツがほとんどだ。
実は、5月の高校の同窓会に来ていくためにほしかったのだ。
新しいものが好きなオシャレな人間だ。スーツにするか
ジャケットにするか決めてはいないが、どちらでもいいように
選んだ。好みは変わらない。ブルー系である。
本屋に立ち寄った。「驚くべき日本語」のタイトルで、
帯には、日本語はなぜ「世界共通語」にふさわしいのか。
英・露・ポーランド・日本語。異なる文化的背景から
生まれた4カ国語をマスターした外国人作家が、比較言語論
や自らの体験をもとに、世界に誇る日本語独自の魅力と
「世界共通語」としての可能性を説く!
パラパラっとページをめくって、すぐに購入した。
ボーリング場に入ってみた。3年ぶりに来たのだが。
一人のスタッフと顔を合わせた。「久しぶりですね」と声を
かけられた。「ボールを持っていますか」と聞かれた。「持っているよ」
と答えると、「3時からのゲームに出ませんか」と言われたが、
1時間半ほどあったので、「また次の機会に」と言って、ボーリング場
を後にして、TullY'sでカフェラテを飲みながら、本を読みだした。
まえがきを読み、第1章の言語とは何かを読んでみた。
良い本に出合ったとの印象を持った。私は言語には関心が深いので、
じっくり読んでみたいと思った。わたしたちのアイデンティティー
は「言葉」によって創られる。との言葉が印象深い。言語を考える
のに適切な本と感じている。
2時半近くになっていたので、ボーリング場に再び行くことにした。
車を移動させて、ボーリングバッグを引きずって入っていった。
3年ぶりの大会であった。ビリになるのを覚悟はしていたが、まさか
のビリであった。20数人が参加していた。ほとんどが私よりも高齢の
人であった。以前の知り合いのO夫妻と会い、奥さんと話しをした。
「珍しいですね」と言っていた。「体調が悪く、ボーリングからは遠ざかった」
と私は答えた。O夫妻のボーリングキャリアは長い。50年を超えている
のではないかと思う。このボーリング場のオープンの時からの知り合いだ。
このボーリング場も15年は経っている。
一番記憶に残っているのは、アメリカのトッププロボウラーが来て、大会
をやった時のことだ。150人以上の人が参加していた。10番前後だった
との記憶だ。PBA(アメリカのプロボウラー)の選手のレベルの高さを
じかに見ることができた。そのことが最大の思い出である。日本のプロ
がアマチュアに見えるくらいの実力差である。
日本のプロは何人も知っている。プロチャレンジでも、何回か勝っている。
ノーハンディである。ハンディがあるので、大差で勝ったこともある。
3ゲームでは、プロがアマチュアに勝つのは楽ではない。ハンディがあるので。
プロとアマトップ(公式アベレージが200点以上)ではレベルの差はない
のが事実である。私はアマのトップからは差をつけられていた。
このセンターではないが、6ゲームの代表選考会(岩波のボウリング場)で、
1位で通過して県大会に出ることになったことがあるが、高熱で県大会を
棄権した。実に残念だった。そんな思い出が蘇ってくる。
今日の試合に戻るが、3ゲームのスコアが358点だった。現役でやって
いた頃の2ゲームのスコアである。ハンディを1ゲーム40点もらったので。
トータル478点だ。私の大会史上最低新記録だ。それも当然であろう。
1位は658点とのことだ。ハンディ込の点数である。
私が代表選考会で1位通過した点数と同じくらいである。もちろん選考会は
ハンディはなく、スクラッチと呼ばれている。大会もハンディ戦と
スクラッチ戦の2種類あるが、ハンディ戦が普通である。
今日のように、スタッフチャレンジは、ゲームを楽しむ要素が強く、
点を競うゲームとは違う。しかし、私にとっては久しぶりの実戦のゲーム
である。練習とは違う気分が味わえる。スタッフには全員勝利とのことで、
実質700円で3ゲームを行うことができた。親善試合のようなものだ。
ボールを持つ右手の筋肉の衰えがひどい。ボールを落とすような感じでは
ゲームにはならない。でも楽しむことができた。右手が痛い。雪辱を誓い、
再びチャレンジしょうと思っている。ボウリングを楽しめるまで体調が
良くなっていることが嬉しい。