この数日で、大学の同級生の親友と連絡を取り合った。

川井君に送信したメールだ。「最近は体調が良くなっている。

ブログを書いている。先のはなしだが、5月24日に、

高校の同窓会が予定されている。その日の昼間の予定を

空けておいてほしい。また連絡するけど、横浜で会いたいので。」

彼からの返信「了解です。元気そうでなによりです。川井」

 この友に会ったのは、2年前の3月末である。再会を今から

楽しみにしている。

 金成への近況「こんにちは。腰の状態は変わらないの?

家での安静生活が続いているの?大変だね。内容は違うけど、

辛いことはよくわかる。

 僕は、生命の躍動を感じる。生きていることを実感している。

朝からブログを書いている。ここに居場所がある。全力投球だ。

でも楽しいね、ではまた。」

 彼からの返信「元気そうでよかった。正直言って最悪。もう

2ヶ月以上安静状態です。椅子にはほとんど座れないため1時間

程度しか続けて起きていられません。整形外科手的には問題なく

腰と背中、股関節あたりが固くなっているそうで、整骨院に行って

いますが、それ以外は外出もままなりません[NG]いろいろ

ストレッチを試みていますが、これが至難のわざに近いのです。

まあ、あきらめないでがんばります。」

 この友に会ったのも2年前で。川井君と一緒に会ったのだ。

大泉君へ(ファックス)

 「君のことだから、元気に活動で飛び回っていると思っている。行動人間だから。

県議選が公示され、残り1周間の指揮をとり、指導に忙しい日々を過ごしている

ことと推察している。

 最近の状況を書いておく。前回、3月4日付「友への近況報告」で書いたが、

今は、いい状態になっている。一言で表すと、「生命の躍動」である。

この1週間は、ネット碁もやっていない。早朝から、ブログを書いている。

そこに精力を集中している。自分の想いを発信したいとの気持ちが強まっている。

1週間のアクセス数が、初めて1000を超えた。まだ1回だけではあるが、

一つの目標は達成できた。1割が読んでくれたとしても、100人になる。

 ブログを始めた時は、勢いであった。いつまで続けられるかは、自信がなかった。

体調が落ちた時には、やめようかとも思った。何とかつないだ。

体調が上がってくると、書きたくなってきた。話しをすることが好きな人間だが、

書くことも好きなのだと知ることになった。

 当初は、自分史(私の人生の記憶)を書き、英文法解説(私の英文法対話)が

終われば、日々の雑感を書く程度だろうと思い、テーマが無くなると考えていた。

体調が落ちて、回復(今回ほどスパンが短いことはなかった)しないと、ブログも

終了になっていたかもしれない。

 今や、ブログは「居場所」になっている。「ありのままの自分」を発信している。

受信者の中に、友や、教え子がいる。ありのままを伝えたい気持ちが強い。

テーマは困らない。思い浮かぶことをそのまま自然に書けばいいとの状況になっている。

入力されていることが、自然に出てくるような感覚とでも言えばいいのかもしれない。

自分がこんなに文が書ける人間だとは思っていなかった。

生命が躍動する」とすごいなと実感している。

 最近、パソコンを買い替え、デジタル一眼カメラを買い、外にも出ている。

写真を撮って、ブログに載せたり、フェイスブックに載せたりしている。

これも楽しみになっている。自分の世界が広がている。

 話しは変わるが、先日、川井君とメールで連絡を取った。来月下旬に、高校の同窓会

で、川崎に行くので、その時に、昼間時間を開けてくれるように言った。

「了解です。元気そうでなによりです。川井」との返信があった。

 金成にもメールした。「正直に言って、最悪だ。2か月以上安静状態で、

椅子にほとんど座れないため1時間程度しか続けておきていられない。整形外科的には

問題なく腰と背中、股関節あたりが固くなっているようで整骨院に行っているが

それ以外は外出もままらない。あきらめないで頑張るよ」と書いている。

 大泉から励ましてあげてほしい。君ははメールは打たないの?便利だけど。

時間がないかな。

 詳しくは、ブログを読んでくれればわかる。時間を見つけてくれるとありがたい。」

 この友には、定期的にファックスで近況を報告をしている。メールをやらないので、

携帯で話すことのほうが多い。昨年の9月に家に来てくれた。ゆっくり話しができた。

彼とは、つながりが深い。私のブログにも書いたことだが。彼は「お前と話すには、

時間がいる。話しが長くなるから、覚悟がいる」と言う。確かに話しが長くなる。

最低30分、1時間の時もあった。彼は僕の話しが長いと言うが、話しをすると、

彼のほうが長いと僕は思っている。お互いに本音で語り合える良き友であり、

私の財産である。

 「青年抄」に、私の師は綴っている。

 (真の友情)

 自分と違うところをもつ人を

 尊敬できる「心の大きさ」が

 友情の土壌である

 「大きい心」があれば

 その分 すばらしい友情ができる

 
 友情は宝

 友情は幸福である

 友情は人生を飾る”花の冠”

 友情が広がったぶんだけ

 友情が深まったぶんだけ

 自分の人生が広く 深くなる

 友情は喜びを二倍にし

 悲しみを半分にしてくれる

  私には、物質的な財産はないが、「」というかけがえのない財産がある。

  それが私の喜びであり、プライドである。