4月になった。新学期がスタートする。現役の頃は、新しい気持ちになった。

懐かしく想い返される。

 春は「希望」が溢れている。こんな気持ちを感じられることが嬉しい。

3月末の3日間は、近所の桜を見物して、写真を撮って歩いた。

新しいカメラを首に下げて、被写体を求めて歩く。

私の過去の経験にはなかったことだ。

少し、カメラマンになったような気分だ。

一つの新しい世界が見つかったように感じている。

昨日は、友人のEさんに来てもらって、パソコン、タブレット

のことを教えてもらった。グーブログで写真の取り込みができなくて、

困っていた。せっかく、写真と日記で始めたブログだ。このアメブロでは、

文を書き、グーブロで写真付きの日記のような文だ。

 二つのブログを使い分けて発信し始めて、1か月が経つ。

カメラをいじくる楽しみが増えたので、撮った写真の取り込みが

とても楽なのが、グーブログになる。Eさんの説明によると、

カメラの性能が良くなると、使う容量が大きくなるために、

縮小しなければ、無理だとのことだった。縮小のソフトを

ダウンロードしてくれて、そこで縮小することで、問題は解決した。

このように、パソコンの苦手なアナログ人間の限界がある。

壁にぶち当たって諦めてしまう。どうにもならないから。

私は、困るとすぐに、Eさんにメールや電話をする。Eさんは、

すぐに対応してくれる。彼なしに、私のデジタルな世界へ入る

ことはなかった。このデジタルな世界も、デメリットがある。

それは承知の上だ。「長所即短所」が私の持論だから。

 人間はいくつになっても、学び知ることは、喜びである。

自分一人ではできないことをサポートしてくれる友はありがたい。

こうして、私は新しい世界を知り、楽しむことができるのだから。

Eさんには、本当にありがたいと思っている。彼の人柄故に。

 帰りに、Eさんを案内して、定輪寺の枝垂桜を紹介した。

かれの写真を撮ってあげた。電子メールでの写真の添付ができなかった。

メールで教えてもらってできるようになった。彼に写真を送ることが

できたようだ。彼からの返信で、その写真をフェイスブックのプロフィール

に使ったと先程メールで知った。そのプロフィールを確認したところだ。

フェイスブックは大容量に耐えられる機能になっているようだ。ツイッター

では、字数の制限もある。それぞれの特徴を使って、SNSなる世界を楽しんで

いきたいと思っている。

 夕方には、妻の紬織物の先生であるSさんが家に来た。私は何回も会っては

いないが、妻と一緒に話しをした。私より4歳年上とのことだった。2年前に

奥さんを亡くしている。今年が3回忌になる。私も妻と一緒に葬儀に参列した。

月日が経つのは早いものだ。Sさんも話し相手がいなくて寂しいのだろう。

さほど話しをしたことがない私と、結構話しをしたのだ。私も体調が悪い

ことが多いために、人と話しをするのがおっくうになることが多かった。

ひどい時には妻とも話しをするのがおっくうだった。生来話しが好きな人間

である。これほどつらいことはない。

 今は、話しをするのも、こうして雑文を書くのも楽しい。写真を撮るのも

楽しい。I enjoy my ownn life.である。

 joy は「喜び」の意だ。en は動詞にする接頭語である。「~化する、させる」の

意である。もう一つ例を挙げると、encourage との単語がある。courage は

勇気」で、encourage は勇気を与える、励ます」という意味になる。

名詞を動詞化するのである。日本語にはないのであるが、最近では、日本語も

変化している。たとえば、代表的な語は、「お茶する」だ。日本語としては

誤用であるが、定着している。「青春する」も同じである。十分意味が伝わる

のだ。言葉も時代とともに変化するのである。

 人は歳を重ねるとともに、「柔軟性」と「謙虚さ」が求められることになる

と感じている。そうでなければ、人生をエンジョイすることはできない。

だが、根本は「健康」である。「健康にまさるものはない」 また

健康は富にまさることは言うまでもない」のである。