健康」をテーマに書くことにする。

健康」は誰もが願っていることである。

健康」でなければ何もできない。私の実感だ。

私の英文法対話・基本例文集から二つの例文を取り出した。

私が授業の中で、好んで使った例文である。

1)「健康」は富にまさることは言うまでもない。

 It goes without saying that health is above wealth.

 It is needless to say that health is above wealth.

2)「健康」を失ってはじめてその価値がわかる。

 We do not know the value of health until we lose it.

 It is not until we lose health that we know its value.

この二つのことは誰もが認めることである。

 「健康」はお金では買えないことを知っている。

 病気になった人は、実感としてわかるであろう。

 私もその中の一人である。

 この前の土曜日に、30年来の麻雀の仲間と久しぶりに

会って話しをした。「健康」が話題の中心になった。

年長のTさんが、散歩の途中で、心筋梗塞で倒れた。

運が良いことに、近くの店の人が気が付いて、救急車を

読んでくれた。そのおかげで、一命をとり止めた。

倒れてから2時間以内に処置をしないと、助からないそうだ。

16日間の入院とのことだった。今は何の後遺症もない

とのことで安心した。

Tさんが倒れたことを知ったのは、8月に予定していたので、

幹事のYちゃんが連絡をとって知ったことだ。

Tさんは一番好きな麻雀を取り上げられた。ドクターストップ

がかかったのだ。これで私も麻雀をすることはないだろうと

思った。お互いに寂しいことだ。好きなことができなくなるほど

つらいことはない。実感としてわかるのだ。

国語のTさんから電話があって、「このままだと寂しいね。

お見舞いに行くのはどうかね」と言った。私は、「大賛成だよ」と答えた。

Yさんの都合次第で、日取りを決めようとの話しになった。お見舞いは

何にする、とも尋ねていた。会ってから考えようということになった。

3月28日の正午に、沼津の北口の前のBiViで会うことに決まった。

このことは、「私と六遊会」との題名で、ブログに書いてある。

前の日に書いたのだ。そのブログの文を3人に渡すように、プリントアウト

しておいた。私の知る店に入って、昼食を取ったのだ。その時に、二人に

ブログのコピーを渡して読んでもらった。その中に、お見舞いの提案を

書いておいたのだ。二人は、ブリザードとは何と聞いてきた。初めての言葉

だと言っていた。うまくは説明できなかったが、女性への贈り物としては、

喜ばれる物だと言った。私には、こういうところがあるのだ。女性の好み

そうなことはわかるのだ。

 食事の後、ブリザードを売っているビルへと移動した。道路が混んでいた

ので、駅の反対側だが、歩いたほうが早いくらいだった。

 私も久しぶりなので、2階へと行ったが、その店はなかった。聞いてみると

1階にあるとのことだった。その店が無くなっていたら、他の店は知らないので

困っていただろう。一人2000円くらいを予定していた。そのくらいの値段で、

きれいな花はないかなと探した。3人の意見が一致したものに決めた。

車は、2台だったので、Tさんの家にそれぞれ行くことにした。

 私が着いた時には、Tさんが、倒れた時の様子を二人に話しているところだった。

私が入って話しが中断した。私は奥さんに、3人からのお礼ですと言って、

贈り物を渡した。Tさんのお見舞いだが、適当なものはない。奥さんにお世話になった

お礼のプレゼントに変えようと提案したのは私である。間違っていなかった。

ご夫妻ともに喜んでくれたのである。

 Tさんは、再び倒れた時の様子を話した。運がよかったとしか言いようがない。

倒れた場所と時間のことである。昼間で、近くに店があったことが幸運であった。

その店の人の適切な判断が、Tさんを助けたのである。

 私たちの仲間の一人が昨年の9月に亡くなっていたことを誰も知らなかった。

一人が知っていれば連絡が取り合えたのだが。とても残念で寂しい。

そのMさんとは、私が定年の時(2008年)に、六遊会の定宿で麻雀をして

以来は、年賀状のやりとりで、近況を知るくらいだった。体調がすぐれない

ことを知っていたので、麻雀に誘うことはなかった。

六遊会も、この翌年から中断していた。私の体調が良くなかったので、六遊会

も続けられなかった。

六遊会もメンバーが一人かけてしまった。もう一人のHさんとも会う機会がなくなって

いる。4人のメンバーの一人がかけると、麻雀はできない。

 話題がそれたが、私の授業もこのようなものだった。授業余談である。

久しぶりに会った4人の話題の中心は、「健康」問題である。4人がそろうと、、

話しをするようなことはほとんどなく、すぐ麻雀になっていた。

 温泉に行っても、5人いないと、温泉に入ったことはない。

忘年会の時は、4人で早めに宿に行き、麻雀をしていた。

宴会が始まる前には、中断するが、1次会が終わる頃に、お互いに目で

合図して、席を立ち、麻雀を再開する。徹夜が普通で、温泉にも入らないし、

布団で寝ることはなかった頃が懐かしい話題であった。

 お互いに、若く「健康」であった頃の話しだ。

私もこの10年来、麻雀から遠ざかっていた。体調が悪くては、好きな

こともできない。実に辛いことである。

1年に3~4回はTさんのお宅で麻雀をしていた。その楽しみがなくなった。

一番辛いのはTさんだと思う。最大の楽しみを奪われたと言っていた。

 実は、Tさんは、2度倒れたことがある。一度は麻雀荘で、もう一度は、

お宅で、救急車を呼んで大変な経験をしている。本人は三度目は、助からない

と言っていた。今回は、九死に一生を得たと言っていた。今回は、散歩中の

ことであったそうだ。心筋梗塞は2時間が、生死の別れのようだ。

助かって本当に良かった。16日間入院していたとのことだ。

塩分をひかえて、適度な運動をするように言われているそうで、1時間

ほど、歩いていると言っていた。奥さんも一緒とのことだ。奥さんは、介護者

だと言っていた。入院の経験のないYちゃんには、十分気をつけるように言った。

教員は、定年前後に亡くなる人が多いことをTさんはよく言っていた。

私たちが一緒にいた頃の体育の4人は、全員亡くなっていることを聞いた。

少しでもおかしいと感じたら、医者にきちんと話すことが大事なことだ。

私が仲良くしているEさんも2月に、脳梗塞の手前のようだった。友人の

医師に相談したら、その場で専門医に連絡をとり、連れていってくれた

と聞いた。休診の日のことだったようだ。10日間入院したことを

メールで知った。彼には、パソコンのことでいつもお世話になっている。

今日も朝から家に来てくれた。彼がいなければ、インターネットの世界に入る

ことはなかったし、続けることもできなかった。とても感謝している。

歳をとってくると、いつ何が起こるかわからない。

 「健康」がすべての根本である。「健康」でなければ、何もすることができない。

若い時には、このことがわからない。
 
 「健康」を失ってはじめてその価値がわかる。至言である。

Yちゃんは、あと2年で定年になる。その時には、思い出の「一句石」の宿に

泊まって祝ってあげたい。麻雀はともかくとして、次の機会を持ち、ランチ

にでもしょうと言って別れた。

 お互いに、一日でも長く「健康」でいたいと心から願っている。