今回が、アメブログ150本目である。グーブログ(2月26日から)で17本ある。

2本の内容は近いので、実質15本とすると、165本目である。

ありのままに」をテーマに書いてみることにする。

ありのまま」は、多くの人が望んでいるが、なかなかできないことである。

それ故に、「アナと雪の女王」が、日本でヒットしたのではと、勝手に思っている。

私の孫の女の子(5歳)が大好きである。昨年、ディズニーオンアイス」の公演

で静岡に行った時に、来年は、「アナと雪の女王」が予定されることを聞いた時に、

すぐ来年も連れてきてねと言っていた。昨年の公演は、静岡県の教職員互助組合

が中部の担当で、共催したが、今年は、東部の担当で、その企画はないことを

今年になって知ったことだ。何とか孫の希望をかなえさせてあげたいと思う。

 英語では、Let it go. だと知った。Let it be.ではないのかと思った。

英語のリズム的には、go も be も2語でたいした違いはないであろう。

音楽のことを何にも知らない人間の言うことだから、あてにはならないが。

日本語では、大変な違いである。Let it go.の直訳では、「勝手にさせて」

「ほっといてよ」になるだろう。「ありのままに」の6語で考えると、

ほっといてよ」で語数はあうだろう。音声的にはどうなのかわからない。

大事なのは意味だろう。英米人はどう受け止めたのだろうか。日本語では、

全く意味が違う。同じ6語でも音声的にも全く違うものになる。

 翻訳者は、日本の文化に受け入られるように訳したのであろう。訳としては、

明らかに誤訳である。「ありのままに」は、日本人の想いが込められている

ような感じがする。当たり前のようで、当たり前ではない想いである。

何を言いたいのとの問いを受けそうだ。できそうでできないことだ。

「ほっといてよ」では、ヒットしなかっただろうと言いたいことと、

ありのままに」とは、実にうまい誤訳だと言いたいのだ。

この訳もできそうでできないことだ。

 渡辺和子著「置かれた場所で咲きなさい」の大ロングセラーの中で、

ありのまま受け入れる時、相手の秘めた可能性が開花する。」とある。

誰にでも「成熟に向かって前進する力」が潜んでいる。相手を信頼して、

尊敬することから始めよう。と書いている。

 この言葉を私なりに解釈すると、人間関係のことを言っているように

感じたが、よく読むとカウンセリングの講義を受けていた時に、

カール・ロジャース博士(私は知らない)から学んだことのようだ。

人の内部の可能性」を信じることは、仏教によると、「人間の生命に

内在する仏性
」があると信じることと通じていると私は思う。

 私の考え方では、先ず、自分自身を信じることから始まるのではないか。

自分を信じられないで、他者(相手)を信じることはできないと思うからだ。

そうでなければ、偽善者である。

自分自身を信じること、更に言えば「等身大の自分自身」を信じることは、

できるようでできないことである。過大でもなく、過小でもなく、

ありのまま」の自分を受け入れると言うことである。では「お前にできるのか

」と問われれば、「できる」とは答えられない。しかし、「そうありたい」と

と答えることはできる。また、そのように、「人生の歩み」を貫いてきたと

はっきりと答えることはできる。私のプライドである。


ありのまま」とは、ある意味では、裸の自分をさらすのである。恥ずかしくて

できないのが人間であり、当然のことと思う。見栄や名誉や役職ではなく、

世間体でもない。生の人間そのものである。そう簡単にできるものではない。

過去の人生の階段を振り返って、「私の人生の記憶」として、自分史を

書いた。その文を読み返しながら、Fc2ブログへとコピーしている。

 あらためていろいろなことがあったことを想い返される。途中の階段で、

とどまって、時間の経過を待ったこともある。順調だったことは、少なかった

ように思う。自分にとっては、すべてが未知の階段の歩みだったからだ。

階段を一段ずつ上がって来る中で、自分というものが形作られたように思う。

貴重な一段一段である。ただ一つ言えることは、「自分らしさ」を失わず、

自分に正直」に、試行錯誤を繰り返してきた人生だと。

ありのままの自分」を貫いてきた。

 私は、ナンバーワンを目指す競争は、大学の受験で終えた。その後は、

オンリーワン」を目指したのである。「自分の花」を咲かせるために、

頑張ったつもりだ。

 ここまで来たのは、「自分だけの力ではない」ことをしみじみ感じている。

友や妻と家族や生徒や先輩や後輩たちとの関わりと支えで、階段を上がって

これたのだ。「人は一人では生きられない」ことを実感している。

多くの人たちに感謝の気持ちで「ありがとう」と言いたい。特に妻には、

本当にありがとう」と言いたい。妻が、私の最大の理解者であり、支えて

くれたのである。書きながら涙がこぼれてくる。

 私には、物質的な財産はないが、「心の財産」はたくさんある。

自分勝手な側面も否定はできないが、私は、関わってきた人を大切に

してきたつもりだ。そうすることで、「心の財産」を築くことができたと

思っている。私は、「心こそ大切なれ」の金言を我が胸に、「求無上道

を心の支えに、オンリーワンの人生を歩いてきたことに悔いはない。

振り返ると、「ありのまま」の人生だったと思っている。

 これからのことは、わからないが、最後まで。ありのままの自分らしく

生き、人生の総仕上げをしたい。
 
 死を迎える時に、いい人生だったなあ。生んでくれてありがとうと霊山の

母に言いたい。霊山で、母と会いたいのが、今の素直な気持ちである。

ここでも涙が溢れている。「ありのまま」の人生を歩んできたことを

嬉しく思っている。長い間苦しんだからこそ、今の自分があると信じる。

冬は必ず春となる」の金言がわかる。Winter always turns to spring.

涙が止まらない。嬉しいのだ。ありがとう