ある物を探して押し入れを調べた。写真やアルバムが出てきた。
整理していないので、古い写真がたくさん出てきた。
一冊の懐かしいアルバムがあった。
42年前のアルバムだった。
私の最初の卒業生のアルバムだった。
手製のアルバムで、懐かしい思い出がつまっていた。
昭和47年度 卒業記念 静岡県立下田南高校定時制。
1973年のものだ。とても懐かしい。
今では、学校統合で、校舎もない。跡地は病院になっている。
歳月の流れを感じる。
アルバムを開くと、元の校舎の写真があった。
校歌が載っていた。[天城の高嶺雲晴れて 下田港の
波静か 泊りの船の 帆もゆるく 碧のかげの 下田富士.....」
で始まる歌詞だった。曲が浮かんでくる。
次のページは校長の写真と言葉だ。
「心を整えるためにはまず形を整えよ」とのメッセージだ。
「形を整えれば、心が整えるわけではない」と私は思ってきた。
次のページは、主事(現在の教頭)の言葉が載っている。
この先生は、多くの新任の教員の指導をしてきた。お世話になった。
言葉の一節に「人の一生は試行錯誤の連続だといわれる」とある。
思い返すと、私の教員人生は試行錯誤の連続であった。
次の4ページにわたって、教員から生徒へのメッセージが書いてある。
6人の教員だった。事務職員を含め、8人の集合写真があった。
過去の記憶が蘇ってくる。私を含めてみんな若かった。
つい昨日のことのように思えるから不思議だ。
私のメッセージを書いておく。
「Congratulations ! ”我々はまだ時間がある。明日やればいい”と
思いがちである。人間の属性からくるのか、怠けようとする心が
我々を支配している。その支配者にチャレンジすることなく、すぐに
妥協して安易な生活に流されがちなのが我々の常日頃である。
そして後になって後悔の念を抱くのである。あの時もっと
一生懸命やっていれば今こんなに苦しむ必要がないのにと。
そうなってはもう遅いのである。”腹水盆にかえらず”
It is no use crying over spilt milk.の諺の如く、
いくら悔いたところで過ぎ去った「時」は帰らないのである。
我々若者は、悔いのない人生を送るために、現在の瞬間瞬間を
大切にしなければいけないのではないか。
”今日の苦しみは明日の楽しみと信じながら.....”
See you again !」
42年経っても、私の本質は変わらない。
私は、過去を振り返って、悔いが残ったり、反省したりすること
はもちろんあるが、自分の過去の歩みを肯定している。
写真を見ていると実に若い自分が写ってる。
時間の経過をしみじみ感じている。まさに Time flies.
(光陰矢のごとし)だ。
生徒からの私へのメッセージを読んでいる。
共通していることは、4年間という定時制の時間がとても長く、
卒業するまで大変な道のりであり、私という一人の若く
未熟な教員と出会い、苦労しながら卒業できた喜びが伝わって
くる。涙が出てきて止まらない。卒業の時のみんなの喜び
の涙を思い出している。本当に喜んでいた。
ここに、私の教員の原点がある。感慨深い。
一人の生徒の私へのメッセージを載せる。私をよく見ていた生徒なので。
「相川先生へ 先生3年間、色々ありがとうございました。
今となっては短く感じられます。4年間が4年間、色々な事がありましたが、
泣いたり笑ったり色々な思い出があります。
遠足、体育祭、文化祭、球技会、修学旅行などたくさんあります。
もう少し、学校にいたい気持ちです。卒業してからの事が少し不安です。
倒れるまでリレーの練習をしてくれる先生、私たちのために、
一生懸命に色々なことをしてくれた先生、先生であり、
友達でもあった先生、私は口が悪いから先生にだいぶ失礼な事を
言ったけれども、ごめんなさい。2年の時、初めて、学校へ来た先生よりも、
だいぶ先生らしくなりました。でも、どこにでもいるような、つまらない、
ありきたりの教師にならないでくださいネ。いつまでも、今のような先生
でいてください。先生に長い間、お世話になりました。クラブでも、
3年間顧問で、担任であり、かなりわがままも言ったけれども、
私にも、いい思い出です。明日がある。明日やればいいと思うことは
やめます。でもできるかどうか、私も私なりに目標を見つけて
頑張ります。4月には赤ちゃんが生まれるそうですね。男の子が
いいですか、女の子がいいですか、先生が、いなかったら、今の
私たちのクラスはどうなっていたか、出来の悪い生徒で、苦労・心配の
種ばかり、作っていましたけれども、先生のおかげで、これまでに
なりました。私は、努力という言葉が好きです。努力は。平凡を非凡に
することができます。何でも一生懸命やりさえすれば、出来ることを
信じます。いつまでも、私たちの相川先生でいてください。3年間、
本当にありがとうございました。お世話になりました。体に気をつけて
ください。Y子」
この生徒は、当時の私の最大の理解者であり、私のほうこそ「ありがとう」
と伝えたい。もう還暦が過ぎている。どうしているだろうか。
この生徒を含めて、当時の顔が浮かんでくる。とても懐かしいアルバムだ。
整理していないので、古い写真がたくさん出てきた。
一冊の懐かしいアルバムがあった。
42年前のアルバムだった。
私の最初の卒業生のアルバムだった。
手製のアルバムで、懐かしい思い出がつまっていた。
昭和47年度 卒業記念 静岡県立下田南高校定時制。
1973年のものだ。とても懐かしい。
今では、学校統合で、校舎もない。跡地は病院になっている。
歳月の流れを感じる。
アルバムを開くと、元の校舎の写真があった。
校歌が載っていた。[天城の高嶺雲晴れて 下田港の
波静か 泊りの船の 帆もゆるく 碧のかげの 下田富士.....」
で始まる歌詞だった。曲が浮かんでくる。
次のページは校長の写真と言葉だ。
「心を整えるためにはまず形を整えよ」とのメッセージだ。
「形を整えれば、心が整えるわけではない」と私は思ってきた。
次のページは、主事(現在の教頭)の言葉が載っている。
この先生は、多くの新任の教員の指導をしてきた。お世話になった。
言葉の一節に「人の一生は試行錯誤の連続だといわれる」とある。
思い返すと、私の教員人生は試行錯誤の連続であった。
次の4ページにわたって、教員から生徒へのメッセージが書いてある。
6人の教員だった。事務職員を含め、8人の集合写真があった。
過去の記憶が蘇ってくる。私を含めてみんな若かった。
つい昨日のことのように思えるから不思議だ。
私のメッセージを書いておく。
「Congratulations ! ”我々はまだ時間がある。明日やればいい”と
思いがちである。人間の属性からくるのか、怠けようとする心が
我々を支配している。その支配者にチャレンジすることなく、すぐに
妥協して安易な生活に流されがちなのが我々の常日頃である。
そして後になって後悔の念を抱くのである。あの時もっと
一生懸命やっていれば今こんなに苦しむ必要がないのにと。
そうなってはもう遅いのである。”腹水盆にかえらず”
It is no use crying over spilt milk.の諺の如く、
いくら悔いたところで過ぎ去った「時」は帰らないのである。
我々若者は、悔いのない人生を送るために、現在の瞬間瞬間を
大切にしなければいけないのではないか。
”今日の苦しみは明日の楽しみと信じながら.....”
See you again !」
42年経っても、私の本質は変わらない。
私は、過去を振り返って、悔いが残ったり、反省したりすること
はもちろんあるが、自分の過去の歩みを肯定している。
写真を見ていると実に若い自分が写ってる。
時間の経過をしみじみ感じている。まさに Time flies.
(光陰矢のごとし)だ。
生徒からの私へのメッセージを読んでいる。
共通していることは、4年間という定時制の時間がとても長く、
卒業するまで大変な道のりであり、私という一人の若く
未熟な教員と出会い、苦労しながら卒業できた喜びが伝わって
くる。涙が出てきて止まらない。卒業の時のみんなの喜び
の涙を思い出している。本当に喜んでいた。
ここに、私の教員の原点がある。感慨深い。
一人の生徒の私へのメッセージを載せる。私をよく見ていた生徒なので。
「相川先生へ 先生3年間、色々ありがとうございました。
今となっては短く感じられます。4年間が4年間、色々な事がありましたが、
泣いたり笑ったり色々な思い出があります。
遠足、体育祭、文化祭、球技会、修学旅行などたくさんあります。
もう少し、学校にいたい気持ちです。卒業してからの事が少し不安です。
倒れるまでリレーの練習をしてくれる先生、私たちのために、
一生懸命に色々なことをしてくれた先生、先生であり、
友達でもあった先生、私は口が悪いから先生にだいぶ失礼な事を
言ったけれども、ごめんなさい。2年の時、初めて、学校へ来た先生よりも、
だいぶ先生らしくなりました。でも、どこにでもいるような、つまらない、
ありきたりの教師にならないでくださいネ。いつまでも、今のような先生
でいてください。先生に長い間、お世話になりました。クラブでも、
3年間顧問で、担任であり、かなりわがままも言ったけれども、
私にも、いい思い出です。明日がある。明日やればいいと思うことは
やめます。でもできるかどうか、私も私なりに目標を見つけて
頑張ります。4月には赤ちゃんが生まれるそうですね。男の子が
いいですか、女の子がいいですか、先生が、いなかったら、今の
私たちのクラスはどうなっていたか、出来の悪い生徒で、苦労・心配の
種ばかり、作っていましたけれども、先生のおかげで、これまでに
なりました。私は、努力という言葉が好きです。努力は。平凡を非凡に
することができます。何でも一生懸命やりさえすれば、出来ることを
信じます。いつまでも、私たちの相川先生でいてください。3年間、
本当にありがとうございました。お世話になりました。体に気をつけて
ください。Y子」
この生徒は、当時の私の最大の理解者であり、私のほうこそ「ありがとう」
と伝えたい。もう還暦が過ぎている。どうしているだろうか。
この生徒を含めて、当時の顔が浮かんでくる。とても懐かしいアルバムだ。