心の容器」との言葉に出合った。

良い表現の言葉と、私は感じている。

心の大きさが人物の大きさを決めるのであろう。

私のような平凡な人間には、非凡な人間を理解できない。

しかし、非凡な人間が素晴らしいわけではない。

人間の価値は才能ではなく、人間性にある。

平凡でも、一つの道をしっかりと歩ききった人が素晴らしいと思う。

その道は平坦ではなく、苦難の道を、真面目に努力し続けた人をいう。

拝金主義や、出世主義の人ではない。

名声や名誉を求める人ではない。

一人の人を思いやる人である。

一人の人を大事にする人である。

一人の人を敬える人である。

人間として魅力のある人である。

学ぶ心を持ち、学び続ける人である。

年齢とともに、体の成長は衰えるが、心の成長は衰えない。

私は、心という言葉を大切にしてきた。

心こそ大切なり」との言葉が好きである。

人は、「心の容器」にふさわしい人生しか生きることはできない

との言葉である。実に重い言葉と受け止めている。

容器は、容量と置き換えられるように思う。

大きな容器にしか大きな容量は入らない。

小さな容器には、小さな容量しか入らない。

所詮、容器の大きさだけの容量しか入らない。

心の容器」も同じであろう。

豊かな心は「心の容器」も大きく豊かと言えるだろう。

人間は感情の動物である。

感情はさまざまな縁に触れて揺れ動く。

ネガティブな感情を抱くか、ポジティブな感情を抱くかは、

すべてその人の心が決定する。

環境に振り回されるか、環境を変えていくかを決定するのも

その人の心の一念である。

私は、自分が弱い人間であり、心の強さを持たない人間である。

それ故に、かくありたいとの気持ちが出てくるのだ。

現在、私が感じていることは、

人として最も大切なことは、心と健康である。

そしてその心について、 

サンテグジュペリが「星の王子さま」で語る:

心で見なくっちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

かんじんなことは、目には見えないんだよ。」

学びつつ、心の成長を追い求められる人生でありたいと願う。

人生の最終章を自分らしく生き抜きたいとの気持ちでいる。

心の容器」を磨きたいと。