筬島正夫 さんのレポートを読みました。
「幸福とは誰もが願っている」ことには、間違いないでしょう。
本当の幸福とは何か?
前提に「死」を考えに入れるか、否か。
死を入れれば「人生の幸福論」とあなたは書かれた。
私も人生の幸福論を考えます。
生老病死は、釈尊の出家のテーマと聞く。29歳で出家し、35歳で悟りを得る。
悟りの地・ブッダガヤーの菩提樹の下で瞑想し悟りを得る。
80歳での涅槃の前の8年間で、法華経を説く。法華経は、すべての人々が
等しく成仏することができる唯一の経典で、仏教の根本の教えである。
一部八巻・二十八品・六万九千三百八十四字からなる。
中国・現代文学の巨匠・金庸:
「法華経は釈尊と弟子たちの”対話の記録”であり、巧みな譬喩を駆使した
〝大文学”である。」
法華経七大譬喩はすべて、衆生に対する仏の慈悲を明かす。
私が3年生の9歳の時に、母が病死した。私の誕生日を過ぎた夜中のことであっ
た。それまで長い間家で養生し、病院に入院して半年ぐらいで亡くなった。
ただ寂しかった。父に連れられて何回も病院に行き、病院の匂いが鼻について
いやな気持だった。私は病院が嫌いになり、暗い気持ちになるだけだった。
死が近づいた頃には、母は助からないと子ども心に感じていた。
母が亡くなった時に、病院の死体安置所でのことは生涯忘れることはできない。
とても暗く寂しい場所だった。私はその時に泣けなかった。
涙を流して泣けないほど悲しかった。
今の私では、目に涙を浮かべて止まらないだろうと思う。
母の死は、胸が引き裂けるほどの悲しみである。周りにいた人が私の姿を見て、
私のことを冷たい子どものように言った。「お前たちに僕の気持がわかるのか」と
言いたかった。大人はうわべでしか人を判断しないことを初めて知った。
このことも終生忘れることのできない体験の出来事であった。
私は母の笑顔を知らない。この一点が残念でならない。
汚い家の縁側で一緒にひなたぼっこをしたことが、ただ一つの思い出である。
(アメブログ「私の人生の記憶」より)
今年の1月に妻の母が亡くなった。私の父、生母、育母、妻の両親の5人を
見送った。親はみな亡くなった。
私の高校時代の同級生や良き悪友(不適切かも)も亡くなっている。
私なりに、死と向き合う心境になっている。 私は、いわゆる団塊の世代である。
「もしもに備える安心ノート」に書き込みを始めている。妻に言われてだが、
残された家族が困らないようとの願いでもある。これはけっこう面倒だ。
死は必ずくる。いつ、どのように来るかは誰にもわからない。
私は、「宿命」だと考えている。
釈尊の言葉に、「思いわずらうな。なるようにしかならんから、
今を大切に生きよ。」とある。最近知った言葉だが。
私は、「生きたことに感謝する」という思いで、人生の最終章を送りたい
と考えている。考えてもできるわけではないが。
今の自分ができることを”楽しむ”しかない。
本音は、「死への怖れとまだ死にたくない」との思いである。
私は、悟りの気持ちにはなれないだろうが、ある意味での開き直りである。
「なるようにしかならない」と。
仏教で説く「生命の永遠」を信じたい。
故に、今をどう生きるかが大事だと考える。
「幸福とは誰もが願っている」ことには、間違いないでしょう。
本当の幸福とは何か?
前提に「死」を考えに入れるか、否か。
死を入れれば「人生の幸福論」とあなたは書かれた。
私も人生の幸福論を考えます。
生老病死は、釈尊の出家のテーマと聞く。29歳で出家し、35歳で悟りを得る。
悟りの地・ブッダガヤーの菩提樹の下で瞑想し悟りを得る。
80歳での涅槃の前の8年間で、法華経を説く。法華経は、すべての人々が
等しく成仏することができる唯一の経典で、仏教の根本の教えである。
一部八巻・二十八品・六万九千三百八十四字からなる。
中国・現代文学の巨匠・金庸:
「法華経は釈尊と弟子たちの”対話の記録”であり、巧みな譬喩を駆使した
〝大文学”である。」
法華経七大譬喩はすべて、衆生に対する仏の慈悲を明かす。
私が3年生の9歳の時に、母が病死した。私の誕生日を過ぎた夜中のことであっ
た。それまで長い間家で養生し、病院に入院して半年ぐらいで亡くなった。
ただ寂しかった。父に連れられて何回も病院に行き、病院の匂いが鼻について
いやな気持だった。私は病院が嫌いになり、暗い気持ちになるだけだった。
死が近づいた頃には、母は助からないと子ども心に感じていた。
母が亡くなった時に、病院の死体安置所でのことは生涯忘れることはできない。
とても暗く寂しい場所だった。私はその時に泣けなかった。
涙を流して泣けないほど悲しかった。
今の私では、目に涙を浮かべて止まらないだろうと思う。
母の死は、胸が引き裂けるほどの悲しみである。周りにいた人が私の姿を見て、
私のことを冷たい子どものように言った。「お前たちに僕の気持がわかるのか」と
言いたかった。大人はうわべでしか人を判断しないことを初めて知った。
このことも終生忘れることのできない体験の出来事であった。
私は母の笑顔を知らない。この一点が残念でならない。
汚い家の縁側で一緒にひなたぼっこをしたことが、ただ一つの思い出である。
(アメブログ「私の人生の記憶」より)
今年の1月に妻の母が亡くなった。私の父、生母、育母、妻の両親の5人を
見送った。親はみな亡くなった。
私の高校時代の同級生や良き悪友(不適切かも)も亡くなっている。
私なりに、死と向き合う心境になっている。 私は、いわゆる団塊の世代である。
「もしもに備える安心ノート」に書き込みを始めている。妻に言われてだが、
残された家族が困らないようとの願いでもある。これはけっこう面倒だ。
死は必ずくる。いつ、どのように来るかは誰にもわからない。
私は、「宿命」だと考えている。
釈尊の言葉に、「思いわずらうな。なるようにしかならんから、
今を大切に生きよ。」とある。最近知った言葉だが。
私は、「生きたことに感謝する」という思いで、人生の最終章を送りたい
と考えている。考えてもできるわけではないが。
今の自分ができることを”楽しむ”しかない。
本音は、「死への怖れとまだ死にたくない」との思いである。
私は、悟りの気持ちにはなれないだろうが、ある意味での開き直りである。
「なるようにしかならない」と。
仏教で説く「生命の永遠」を信じたい。
故に、今をどう生きるかが大事だと考える。