山崎洋子著「誰にでも、言えなかったことがある」
書店に三日前に注文し、昨日届いたので、買ってきて、一読させて頂いた。
一気に読んでしまったが、いろいろと考えさせられたことは確かだ。
私なりに一言で表現すれば、生育過程での「愛情」の有無の違いであるように思う。
山崎さんに比べれば、私は恵まれていたと思っている。
 私にもつらい過去の思い出がある。だが、私のトラウマではない。
私に自立心を育てたのは、母の死に深く関わっている。
 私が3年生の9歳の時に、母が病死した。私の誕生日を過ぎた夜中のことであった。
それまで長い間家で養生し、病院に入院して半年ぐらいで亡くなった。ただ寂しかった。父に連れられて何回も病院に行き、病院の匂いが鼻についていやな気持だった。私は病院が嫌いになり、暗い気持ちになるだけだった。死が近づいた頃には、母は助からないと子ども心に感じていた。母が亡くなった時に、病院の死体安置所でのことは生涯忘れることはできない。とても暗く寂しい場所だった。私はその時に泣けなかった。涙を流して泣けないほど悲しかった。今の私では、目に涙を浮かべて止まらないだろうと思う。母の死は、胸が引き裂けるほどの悲しみである。周りにいた人が私の姿を見て、私のことを冷たい子どものように言った。「お前たちに僕の気持がわかるのか」と言いたかった。大人はうわべでしか人を判断しないことを初めて知った。このことも終生忘れることのできない体験の出来事であった。私は母の笑顔を知らない。この一点が残念でならない。汚い家の縁側で一緒にひなたぼっこをしたことが、ただ一つの思い出である。
  (アメブログ「私の人生の記憶」より)

 幸いに、私は父親の愛情を受けて育ったが、正直に言うと、負担に感じていた部分も
ある。戦争が父の人生を変えたのである。自分にできなかった人生を私に期待したのである。母の死後、二人の子を育てなければならなかった。二人の子を差別したのだ。親の言うことを聞く手のかからない私に期待をかけたのだ。母の死後、私のことを考えたのであろう。1年後に、母の妹(離婚して母の実家に帰っていた)を後妻に懇願した。
 この出来事が、私を成長させた。ある時、義母(私の叔母)に言われたことは忘れていない。私の10歳上に兄(水子であった)がいたら、父の私へ向けた愛情は違っていたと。
私は、子どもながらに、親に迷惑をかけない子になるように努めた。近所の評判はよかった。私の中にあったのは早く大人になって自立したいとの気持ちだった。しかし、二つ年下の弟は違う。小さい時から、親の言うことを聞かなく手を焼かせる子だった。義母ともうまくいかなかった。小さい頃から父からの虐待を受けていた。
 私は、いい子で有り続けた。この弟のことは、妻以外の人に話したことがない。私のアキレス腱になっているのだ。
 私にも話せないことがある。今の私から見ると、戦後の時代がもたらしたものと言える。
時代背景を踏まえて、父のことを考えると、父を責めることはできない。弟の気持ちは、
憎悪しかない。小さいなりに反発ばかりしていた。この弟をとやかく言うこともできない。
弟は道をはずしてしまった。成人した弟の人生を知らない。これ以上は書くことができない。
 山崎さんの本を読んで、ここまで書いた。触発されたのだ。私は、生徒にもありのままの自分を話してきたが、このことだけは触れることはできなかった。自分で言うのはおかしいが、私は教師としては例外的な人間である。ありのままの自分を示すことで、生徒との信頼関係を築いた人間である。生徒と同じ目線でとの意識が強かった。教師の裏の面も見てきた。どの職業でも人間次第である。教師は聖職者ではない。自分の方が偉いと思っている馬鹿がいる。体罰はいじめと同じである。愛の鞭とはきれいごとだ。所詮感情の発露である。もちろん厳しく指導することとは違う。ともかく責任が重い職業だ。

 山崎さんとは、同時代を生きている団塊の世代が故に、時代背景は、よく理解できる。
しかし、歩んだ人生は全く違う。人生は、人それぞれだ。それぞれの人生に「価値」がある。
  老いて病み、死が訪れることは定めである。
  明日何が起きるか誰にもわからない。
若いうちは、人はこのことを意識していない。私がそうであった。今は、私の中に、もしもに備える準備を始めなければとの意識が出てきている。
 それ故に、ありのままの自分を受け入れ、認められる自分でありたいと考える。自分で歩んできた人生を否定することは絶対にできないし、この先どうなるかは全くわからない。どういうエンディングを迎えるのか。最後に、生まれてきてよかったと感謝できる人生で終わりたい。長く生きながらえたいとは思わない。
 私の信条は「自分らしく、正直に」である。この人生の歩みを最後まで貫きたい。

 最近知った釈尊の言葉に、「思いわずらうな。なるようにしかならんから、
今をたいせつに生きよ。」とある。最近の私の心境を表す言葉である。

 私は、ブログに書くことで自分をさらしている。人生の記録と自分の思いの発信が
目的だ。私なりの方法で、自分に向かい合っているつもりだ。不特定多数の受信者
に向かって発信しているが、この中には、大事な私の友、私の教え子がいる。
将来は、私の子どもや孫も読むかもしれないし、どうしても読んでもらいたい。
 体調が悪くなり、途中で、無駄なことを始めたと思ったが、駄文ながら、書くことが
好きなことは、話しをすることが好きなのと同様である。私は話し好きであるが、おしゃべりは好まない。芸能人にも興味がないし、くだらない週刊誌も読まない。
 とにかく、今できることを「楽しむ」ことにしている。体調次第であるが。

 山崎さんは「私が私を愛さなくてどうする。いまこそ、ありのままの自分を受け入れ、
なかなかいいよと褒めてやりたい。そして老後という獣道を、仲良く歩いていこうと
思っている。」と結論している。(拍手)