昨年、勝ち数でトップの棋士が河野臨九段とのことだ。その中で、19連勝という驚異的な連勝をした。一流の棋士の対局ではなかなかできない記録だろう。レベルが違うので比較すること自体がおかしいかもしれないが、アマチュアのゲームでも、棋力がほぼ同じ相手の対局でも、10連勝がいいところではないか。私の場合はそれが最高である。勝ち続けることはいい気持ちであるが、長続きはしないのが私の対局である。また、河野九段は10連敗もあったとのことだ。このことも信じられない。一流棋士にしてもこういうことが起きるのが碁なのであろうか。この連敗中のプロの精神状態はどんなものであろうか。全く想像ができないことだが、精神的には厳しい状況に追い込まれたのではないだろうか。
私も10連敗の経験をしているが、単にゲームの世界である。それでも精神的には、気持ちが萎えることは確かである。自分の打つ手の判断に迷い、自信がなくなり、疑心暗鬼の状態になってしまう。たとえアマチュアのゲームでもそうである。生活がかかっているプロの世界である。トーナメントでは負けた時点で終わってしまう。リーグ戦ではタイトル挑戦者への道が遠ざかってしまう。ビッグタイトルのリーグ戦に入ることが、一流棋士の証の世界である。勝ち続けることの難しさと、連敗することが厳しいのが一流棋士の世界のようだ。プロ棋士の精神状態を推し量ることは難しいことではあるが。
私のような棋力の低いアマチュアの碁では、連勝や連敗は日常的なことである。しかし、勝負を競うゲームは勝ちたいとの気持ちが強いことは間違いない。最近のゲームで感じることは、弱い石の対処の仕方である。弱い石を作ってしまうと攻め込まれて、精神的にも追い込まれる心理が働く。攻められている石の処理と活用を早い段階で考えていればいいのだが、責任の重い石にしてしまうと勝敗を左右することになる。立場が逆になっても同じことが言えるが、相手の弱い石を追いかけてしまうと、良い結果にはならない。「大石は死なず」との格言があるが、大石を取りに行くと、この格言があてはまることが多いと感じている。結果として、大石が取れたり、取られたりすることは、私のレベルの碁ではよくあることだ。自分の弱い石を作らないように補強し、相手の弱い石を攻めて得をするような打ち方ができた時には、結果として勝利につながることになる。相手のあることなので、自分の考えるようには展開はしないのだが。攻守のタイミングが大切だと感じている。
私も10連敗の経験をしているが、単にゲームの世界である。それでも精神的には、気持ちが萎えることは確かである。自分の打つ手の判断に迷い、自信がなくなり、疑心暗鬼の状態になってしまう。たとえアマチュアのゲームでもそうである。生活がかかっているプロの世界である。トーナメントでは負けた時点で終わってしまう。リーグ戦ではタイトル挑戦者への道が遠ざかってしまう。ビッグタイトルのリーグ戦に入ることが、一流棋士の証の世界である。勝ち続けることの難しさと、連敗することが厳しいのが一流棋士の世界のようだ。プロ棋士の精神状態を推し量ることは難しいことではあるが。
私のような棋力の低いアマチュアの碁では、連勝や連敗は日常的なことである。しかし、勝負を競うゲームは勝ちたいとの気持ちが強いことは間違いない。最近のゲームで感じることは、弱い石の対処の仕方である。弱い石を作ってしまうと攻め込まれて、精神的にも追い込まれる心理が働く。攻められている石の処理と活用を早い段階で考えていればいいのだが、責任の重い石にしてしまうと勝敗を左右することになる。立場が逆になっても同じことが言えるが、相手の弱い石を追いかけてしまうと、良い結果にはならない。「大石は死なず」との格言があるが、大石を取りに行くと、この格言があてはまることが多いと感じている。結果として、大石が取れたり、取られたりすることは、私のレベルの碁ではよくあることだ。自分の弱い石を作らないように補強し、相手の弱い石を攻めて得をするような打ち方ができた時には、結果として勝利につながることになる。相手のあることなので、自分の考えるようには展開はしないのだが。攻守のタイミングが大切だと感じている。