新聞で、「既読スル―」という言葉を知った。「LINE」で使われている言葉のようで、相手のメッセージを読んだ後、返信しないでおく状態を指すとのことだ。返事を期待したのに、無視されたのでは?と感じるようだ。そのあたりの人の心理は理解できるように思うが。人の心を知ることはできない。
私がブログを開設してから2カ月が経過した。私の意見や思い、人生の記録を公開して発信したいと考えたからだ。ブログには特別な制約がなく、自由に書けるということなので、始めてみたのだ。人(自分)の心とは勝手なもので、文を書くと人(他人)に読んでもらいたくなり、友人や親しくしていた元同僚(私がそう思っている)や連絡の取れる教え子に、ブログのアドレスを知らせ読んでもらいたいと勝手に連絡した。自分で勝手にやったことでも、返信がないと、どうしてなのだろうかと考えてしまうのが、人(自分)の心理である。相手の事情には想像が及ばない。人にはそれぞれの事情なり、思いや、考えがあるのだろう。しかし、返信してもらえれば嬉しいし、返信してもらえないと寂しく感じるものだ。それが人(私)の心の働きと言えるのだろう。ネット上では「既読スル―」と言うのだろうか。発信することは、受信してくれることを期待し、かつその反応を勝手に期待してしまうのが人の心理だと思う。
私の世代のコミュニケーションのツールは、葉書や手紙と電話だと言える。手紙のやりとりはまれで、葉書も年に一度の年賀状のやりとりぐらいである。年賀状のやりとりだけが続いている知人も多い。その年賀状で、簡単な消息を知ることができる。その年賀状も減ってきている。現在は、友人との間では、メールか携帯電話で、必要な時に連絡を取るようにしている。友とは会って直接話しができることが喜びではあるが、その機会を持つことは簡単ではない。近くにいればとは思うが、離れていて、友が仕事をしている間は、時間を作ることが難しいのだ。
現代社会では、インターネットの普及で、ブログ、twitter、Facebook、LINEと呼ばれるSNSの世界でのコミュニケーションが行われているが、私のような世代は、あまり利用していないように思う。パソコンが思うように使うことができない世代でもある。私もパソコンは、苦手でわからないのが事実だ。パソコンに詳しい友人にサポートしてもらったおかげで、インターネットの世界に入ることができたが、この世界のことはよくわかっていない。フォローが読者を意味するらしいことは知ったが、タグ付けや「ペタ」とか「ペタ返し」の意味もわからないままでいる。ネット上でのつながりの持ち方も分からないし、面識のない人との関わり方も不安を感じる。ブログの読者も少数ながらできたようだが、読者の意図がわからないのだ。その読者のブログを読んで見ると、ビジネスのPRとしか思えない気がして、コメントする気にはならないのだ。コミュニケーションに不可欠なのは、「信頼関係」だと考えている人間だから。人間は社会的動物であるが故に、社会から離れては存在できないし、何らかのつながりを求めることは自然なことである。しかし、「便利さ」は必ずしも「快適さ」にはつながらないと思っている。