原作は、森沢昭夫氏の実在する喫茶店をベースに綴られた小説「虹の岬の喫茶店」で、その小説を女優吉永小百合さんと映画監督成島出氏が共同プロデュースした作品の映画化である。私の世代は、「サユリスト」の言葉が生まれたほど、吉永小百合はアイドル(この当時、この言葉は使われていない)的存在で、とても人気のある女優で、たくさんの熱狂的なファンがいた。私はその頃の吉永小百合には関心がなかった。年輪を重ねてきてからの吉永小百合のファンだ。その吉永小百合が、カフェの店主・柏木悦子役を演じている。画家の夫に先立たれ、毎朝、岬で亡き夫に話しかけてから、店を開く。この映画は、30年来悦子を支えてきたカフェの常連客タニさん役に笑福亭鶴瓶、悦子の甥で何でも屋の浩司役に阿部寛、都会から逃げ帰ってきたみどり役に竹内結子の4人が主な出演者である。舞台は、美しい海を望む岬村、時代に流される事なく、人々の笑顔溢れるその岬の先端に小さなカフェが佇んでいる。
私の青春時代は、純喫茶、音楽喫茶が全盛時代であった。時代に押し流されて無くなっていった。喫茶店への郷愁がある。私は大学の頃は、横浜を中心に、東京を含め、喫茶店巡りをしていたような時代である。デートは喫茶店でお茶して(この言い方はなかった)、映画を見て、公園を散歩するのが一般的な時代である。車社会の到来とともにデートの形態も変わっていく。喫茶店も郊外にできるようになった。街中だけでなく、郊外の景色の良い所にある喫茶店に人気があった時代もある。いつ頃からとの記憶はないが、おいしいコーヒーを飲ませる珈琲専門店も無くなっていき、カフェレストランに変わっていった。今では、新しいタイプのアメリカから入ってきたセルフサービスの店に変化している。この映画のカフェに昭和の香りを感じるのは、私だけではないだろう。
「岬カフェ」には、悦子の入れるおいしいコーヒーと和やかな語らいのひとときを求めて、個性あふれる人々が集う。タニさんは悦子に淡い恋心を抱いている。甥の浩司も悦子に特別な想いを抱いている。そんな一人一人の心に寄り添う悦子。店内に飾ってある虹の絵が、いつも彼女を見守っている。この絵は、偶然に岬を訪れた悦子の夫が美しい虹に出会い描いたもの。この岬へと導いたのは、亡くなった最愛の夫だった。母親を亡くした少女の来訪、深夜に忍び込んだ泥棒(さん)とのふれあいなどが繰り広げられる。しかし、タニさんの転勤、みどりの父親の徳さんの死など、大切なものが失われていく、ついにはカフェが火事になってしまう。そのカフェが新しく建てられ、水を汲みに行く船の中で、
悦子は、みどりが浩司の子を身ごもっていることを知り笑顔を浮かべ、海に美しい虹がかっているのが美しいラストシーンである。
 この映画の織りなす人の関わりには、人の温もりを感じる。「人と人との絆」が失われつつある現代社会に問いかけているように感じた。それを私は昭和の香りと呼ぶのであるが。
今の若い人たちがこの映画を見たら、どう受け止めるだろうか。
この映画は「モントリオール世界映画祭」で、最高賞のグランプリに次ぐ「審査員特別賞グランプリ」、「エキュメニカル審査員賞」の2冠に輝いた。監督の成島出氏は、「人と人を結ぶ『豊かな絆』から幸せは生まれます。」と語っている。