昨日12日の夜、毎日新聞の社説を読み投稿した。400字の中では、意を尽くしたことは書けない。朝日社長会見の記事である。「メディアの責任は重い」との見出しである。毎日新聞の一面は、「慰安婦」「吉田調書」「朝日社長、誤報認め謝罪」とのトップ記事である。東京電力福島第1原発事故の原因を調べた事故調査・検証委員会による吉田昌郎元所長の聴取結果(吉田調書)を巡り、朝日新聞が今年5月20日付朝刊で「所員9割が吉田氏の待機命令に違反し、福島第2原発に撤退した」と報じた問題で、同社の木村伊量社長は11日記者会見し「資料を読み説く課程で誤りがあった」として記事を取り消すとともに謝罪し、また慰安婦報道を巡る誤報を謝罪したことに対して、グローバル時代にあって、
メディアの責任は一層重いことをかみしめたい。新聞をはじめとするメディアがさまざまな問題に光を当て、粘り強く伝えることは、社会的問題の解決や権力監視のためにも欠かせない。ただ、それは“正確さと公正な判断が前提”になる。不確かな事実に基づくキャンペーンは内外の世論を誤った方向へと導き、問題を遠のかせることになりかねない。とりわけ、慰安婦問題や歴史認識のようなナショナリズムを刺激するテーマは、国民の相互反発による関係悪化の悪循環をもたらしやすい。だからこそ、冷静さを失わず、どうすればもつれた糸を解きほぐして事態の改善と問題解決につなげられるかを、極論を排して誠実に考えていくことが大切だ。(以下略)と書いている。この記事に異論を唱える考えはない。まさに正論である。しかし、いったんメディアが報道してしまったら、事の真偽に関わらず、日本のみならず、全世界に配信され、後で事実と違うと謝罪してすむ問題ではないのだ。失った信用をどう取り戻すのか、食品偽装の問題もそうであったが。その食品会社がその後どうなったかは知らされていない、メディアが地道に報道しない限り、私たち国民は知ることができないのだ。メディアとは、媒体であり、諸問題を国民に伝える役割を担っている。そこには、“正確さと公正さ”が根幹となる。あくまでも事実に基づいた公正な報道であるべきだ。報道が与えた影響は消えることはないのだ。諸問題を時間とともに風化させていく傾向が我々の心の中にある。メディアは、大事な問題を風化させないようにする力を持つとともに、世論を形成する力を持っている。今回の内閣改造の世論調査にしても、集団的自衛権の世論調査にしても、調査の仕方次第で、数値が変わってくる。誤差は当然あることだが、社の世論調査の数値が、あたかも主権者たる国民の世論そのものとの印象を読者に与えることは否定できない。テレビメディアは視聴率を優先して番組編成を行っているし、新聞メディアは購買率を意識している。週刊誌については、コメントに値しない。私は週刊誌を信用していないので読まない。報道の自由の名のもとに、メディアが権力にもなりえることを充分自覚し、自戒してほしい。今回のメディアの問題が、よい教訓になることを願う。