英語では、私(I)は、固有名詞と同じく、常に大文字で書く。何故との疑問をもったのは、いつ頃のことかの記憶は定かではない。とても興味深く感じたことは、よく記憶している。そのことについて、私なりの所感を書いてみる。もちろん学問的なものではない。私個人の感じ方にすぎない。西洋社会では、個人が重んじられる。個人の集合体である社会や国に勝る考え方が反映されているように思う。いい意味での「個人主義」が発達した反面、この個人主義は、悪い意味での「利己主義」につながる危険を伴う。日本社会では、組織、社会、国の中に、個人は押し込まれてしまうのである。この問題は、私の学生時代からの問題意識である。個人が組織や、社会に並ぶ位置にはなく、常に下に位置する考え方である。俗に「長いものには巻かれよ」「寄らば大樹の蔭」の言葉が象徴している。私は、個人の存在がもっと認められなければならいと思っている。教育の世界で生きてきたが、今も同じ思いである。教師はより個性的な存在であり、魅力的な存在であるべきと考えてきた。現在の教育状況には、問題があると考えている。最近では、教師が発言しなくなっている傾向及び教育行政の力が強くなっていることに懸念を抱いている。個々の集合体が、組織であり、社会であり、国である。国の力が強大になると、戦前の国家主義になる。その傾向が、現在の日本にあると思えてならない。国民主権が、民主主義の鉄則である。
古代ギリシャの哲学者・ソクラテスは「汝、自身を知れ」、フランスの哲学者・パスカルは「人間は考える葦」、フランスの哲学者・デカルトは「我思う故に我あり」と、英語では、I think, therefore I am. (私は考える、ゆえに私は存在するのである)である。私の好きな言葉である。もちろん哲学的なことが分かるわけではない。人間は、昔から自分のことを見つめ、心の奥にあるものを思索し続けてきたことがわかる。現代においても、「自分とは何か」を問うのである。人間は、自分の姿をじかには見ることはできない、つまり自分の頭、顔、背中を見ることはできない、まして内面の世界、精神、心を見ることはできないが、実在するのである。ここに対する解を求めるのが哲学の世界であると思う。次期26代京都大学学長の山際寿一氏は、毎日新聞で、「大学教育の使命」の中で、「大学は世界へ学生を送り出す“窓”である」また、「“自分”で課題を見つけ、その解決へ向けて活躍できる“自分”を見つけたとき、その能力は飛躍的に伸びる」と書いている。この言葉に、感銘を受けるとともに、同感との思いを強くした。“自分”で気がつかなければならないのだ。すでにcultureの文章で書いたが、「人間の脳の働きの本質は“自発性”である」との脳科学者の言葉である。私たち人間は、“主体たる自分”をいかに確立するかが、人生の課題であると思っている。そのための学問であり、読書であり、思索であると思う。アプローチの仕方は、それぞれの能力・個性によって様々であるが、ゴールは一緒である。人は幸福な人生を求めて旅をするようなものだ。その旅は一生続くのである。その旅の過程で、様々な苦労・困難・障害を経験することと思う。それを乗り越えて進んで行かなければならない。そこに人間としての成長があると信じることだと思う。人間の善性と悪性との連続的な戦いである。
人間の心は絶えず揺れ動くのである。困難に向かうと、ひるむ気持ちが出てくるのが普通である。しかし、その時が人間として成長するチャンスであるとも言える。誰でも、辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、悩むことを避けられればいいと思うが、避けていては、問題は解決しない。時間が解決することもあるが、その問題に真正面から取り組む強い心が大事であり、そうして乗り越えるために努力する中で、自分の心は鍛えられるのである。体も心も鍛えることで、さらに大きな能力を発揮できるように作られている。人間の中には無限の潜在能力が秘められているのである。鍛えなければ潜在能力は発揮されない。仏法では「冬は必ず春となる」とあり、西洋には、If Winter comes, can Spring be far behind?(冬来たりなば春遠からじ)英国詩人シェリーの言葉である。季節は必ず変化するのが自然の摂理であるが、この原理は人間にもあてはまることだ。私も長く病気で苦しみ、諦めかけてしまう時もあった。だが諦めては終わりである。どんなに苦しくつらくとも、じっと耐え続けることである。その時期が人生の冬である。その冬を耐えきれば、人生の春を迎え、自分の花を咲かすことができるのである。これは私の経験による実感である。このことがやっとわかってきたのだ。67年かかっているのだ。人間は、実に脆く弱い存在ではあるが、実は、人間の心の中には、何にも揺るがない強い力も同時に備えているのだ。そういう自分を信じられるかどうかが、人生の鍵だと感じているのが、“今の私”である。自分を信じる、信じられる自分を築くことが、自信になるのである。自信なくして、人生の旅は続けられない。自信を失う時こそ、人生の分岐点にさしかかっているのだ。
星の王子さまは、人生について知るために、いろいろな星へと旅をする。その主要なテーマの一つは「本当に大切なものは何か」である。「その大切なものは、目には見えない」ことをフランス人のアントワーヌ・サン・テグジュペリは、この物語を通じて大人に語りかけているのである。70年の歳月を経ても、この名作は輝いているのだ。One sees clearly with the heart. Anything essential is invisible to the eyes.とあるのが英語版である。心で見なくっちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目には見えないんだよ。が日本語版である。私の好きな一節である。物事は、心の目で見ることだと理解している。心の目を曇らせてはいけない。心の目が曇ると、憎悪を生み、暴力、戦争へと向かうのである。このことは、歴史が証明しているのだ。History repeats itself.(歴史は繰り返す)とことわざにあるように、私たちは、人間の歴史から、教訓を学ぶべきである。再び戦争の惨禍を引き起こしてはならないのだ。戦争は、人間の心の魔性から生まれる。人間は、”world peace” (世界の平和)“peace of mind”(心の安らぎ)を求めて、歩むべきだと、私は思う。
古代ギリシャの哲学者・ソクラテスは「汝、自身を知れ」、フランスの哲学者・パスカルは「人間は考える葦」、フランスの哲学者・デカルトは「我思う故に我あり」と、英語では、I think, therefore I am. (私は考える、ゆえに私は存在するのである)である。私の好きな言葉である。もちろん哲学的なことが分かるわけではない。人間は、昔から自分のことを見つめ、心の奥にあるものを思索し続けてきたことがわかる。現代においても、「自分とは何か」を問うのである。人間は、自分の姿をじかには見ることはできない、つまり自分の頭、顔、背中を見ることはできない、まして内面の世界、精神、心を見ることはできないが、実在するのである。ここに対する解を求めるのが哲学の世界であると思う。次期26代京都大学学長の山際寿一氏は、毎日新聞で、「大学教育の使命」の中で、「大学は世界へ学生を送り出す“窓”である」また、「“自分”で課題を見つけ、その解決へ向けて活躍できる“自分”を見つけたとき、その能力は飛躍的に伸びる」と書いている。この言葉に、感銘を受けるとともに、同感との思いを強くした。“自分”で気がつかなければならないのだ。すでにcultureの文章で書いたが、「人間の脳の働きの本質は“自発性”である」との脳科学者の言葉である。私たち人間は、“主体たる自分”をいかに確立するかが、人生の課題であると思っている。そのための学問であり、読書であり、思索であると思う。アプローチの仕方は、それぞれの能力・個性によって様々であるが、ゴールは一緒である。人は幸福な人生を求めて旅をするようなものだ。その旅は一生続くのである。その旅の過程で、様々な苦労・困難・障害を経験することと思う。それを乗り越えて進んで行かなければならない。そこに人間としての成長があると信じることだと思う。人間の善性と悪性との連続的な戦いである。
人間の心は絶えず揺れ動くのである。困難に向かうと、ひるむ気持ちが出てくるのが普通である。しかし、その時が人間として成長するチャンスであるとも言える。誰でも、辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、悩むことを避けられればいいと思うが、避けていては、問題は解決しない。時間が解決することもあるが、その問題に真正面から取り組む強い心が大事であり、そうして乗り越えるために努力する中で、自分の心は鍛えられるのである。体も心も鍛えることで、さらに大きな能力を発揮できるように作られている。人間の中には無限の潜在能力が秘められているのである。鍛えなければ潜在能力は発揮されない。仏法では「冬は必ず春となる」とあり、西洋には、If Winter comes, can Spring be far behind?(冬来たりなば春遠からじ)英国詩人シェリーの言葉である。季節は必ず変化するのが自然の摂理であるが、この原理は人間にもあてはまることだ。私も長く病気で苦しみ、諦めかけてしまう時もあった。だが諦めては終わりである。どんなに苦しくつらくとも、じっと耐え続けることである。その時期が人生の冬である。その冬を耐えきれば、人生の春を迎え、自分の花を咲かすことができるのである。これは私の経験による実感である。このことがやっとわかってきたのだ。67年かかっているのだ。人間は、実に脆く弱い存在ではあるが、実は、人間の心の中には、何にも揺るがない強い力も同時に備えているのだ。そういう自分を信じられるかどうかが、人生の鍵だと感じているのが、“今の私”である。自分を信じる、信じられる自分を築くことが、自信になるのである。自信なくして、人生の旅は続けられない。自信を失う時こそ、人生の分岐点にさしかかっているのだ。
星の王子さまは、人生について知るために、いろいろな星へと旅をする。その主要なテーマの一つは「本当に大切なものは何か」である。「その大切なものは、目には見えない」ことをフランス人のアントワーヌ・サン・テグジュペリは、この物語を通じて大人に語りかけているのである。70年の歳月を経ても、この名作は輝いているのだ。One sees clearly with the heart. Anything essential is invisible to the eyes.とあるのが英語版である。心で見なくっちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目には見えないんだよ。が日本語版である。私の好きな一節である。物事は、心の目で見ることだと理解している。心の目を曇らせてはいけない。心の目が曇ると、憎悪を生み、暴力、戦争へと向かうのである。このことは、歴史が証明しているのだ。History repeats itself.(歴史は繰り返す)とことわざにあるように、私たちは、人間の歴史から、教訓を学ぶべきである。再び戦争の惨禍を引き起こしてはならないのだ。戦争は、人間の心の魔性から生まれる。人間は、”world peace” (世界の平和)“peace of mind”(心の安らぎ)を求めて、歩むべきだと、私は思う。