この8月は、私の体調が戻り、話しをし、文章が書ける自分が戻ってきた。この数カ月の間、メディアを通して、集団的自衛権の問題が報道され、私なりに集団的自衛権について考えていた。日本が戦争できる国へと向かう危険を感じ、日本の将来への不安と懸念を抱いていた。私は、集団的自衛権については、反対の立場である。8月3日に、毎日新聞の投稿欄「みんなの広場に」で、「教育に専心できる教育行政」のタイトルで、元高校教員の投稿文を目にし、文を読んだ。基本的な意見には異論はなかったが、一点だけ気になることが書いてあった。「ほとんどの人はご存じないと思います。報告書類の膨大なことは言語に絶するほどです。(中略)しかし、さらに毎時間の授業展開の詳細を提出しなくてはなりません。週20時間前後の授業準備をすることに加えて、授業詳細書類を作成しなくてはならないのです。」と書いてありました。私も同じ元高校教員です。教員が多忙化していることは、知っていますが、毎時間の授業詳細書類の作成・報告を求められたことはありませんでした。そこで、現役の後輩教員に直接話しをして確認したら、授業の報告はしていないし、知らないとのことだった。私の経験からしても同じです。現実的には、授業展開の報告は不可能だし、必要のないことです。そのことを書く必要を感じ、私の教育的意見「現在の教員が、私の教員時代よりもはるかに多忙になっていることは事実です。物理的に余裕がなく、教員本来の仕事である生徒と向き合うことや教育に時間をかけることが、できないのです。教員間のコミュニケーションの欠如を生み、教員集団としての教育力が劣化しています。教育的活力が衰退することが大きな問題だと感じています。教育現場を重視する教育行政の改善が求められます。」を書いて投稿したのです。この記事が、10日の毎日新聞「みんなの広場」に掲載されました。これを機会に、自分の意見を発信することが大事だと考え、その後も投稿を続けていますが、採用されることはありません。
 その10日の毎日新聞に、公明党結党50年「中道はいま」の記事を目にし、読みました。事実を知りたくなりました。この数カ月の私の疑問に取り組む必要を感じたのです。それで知人に連絡し、党の考え方を尋ねました。知人から情報をもらい、参考資料も送ってもらいました。その情報から、事実がメディアから報道されていないことを知ったのです。集団的自衛権に関しては、メディアも賛否が分かれていた。全国紙の読売・産経・日経の3紙と朝日・毎日の2紙では、報道のスタンスが正反対の立場だった。7月1日の集団的自衛権行使を容認する閣議決定を報道する記事にもよく表われていた。私たち国民は、政治等のあらゆるニュースを媒体であるメディアを通じて情報を得るのである。メディアとしての主張があることは理解できるが、公正・中立の立場を踏まえて、自社の意見を報道してもらいたいと思います。国民は、メディアの報道から情報を得て、様々な問題に自分なりの意見を持つようになるので、メディアの役割と責任は重い。特に政治的問題は、思想・信条に関わるので非常に難しい問題と言えます。冷静に対処する必要があると思います。6日の新聞の意見広告に、日本国政策フォーラム第37政策提言「積極的平和主義と日本の針路」政策委員長・伊藤健一氏が発表し、著名な自民党国会議員、学者、評論家の72名が署名している。引用させてもらう。「結論1国連の集団安全保障には、軍事的措置を伴うものを含めて、参加せよ。結論2PKO法の所要の改正および国際平和協力基本法の制定を早急に実現し、もって世界的な集団安全保障体制の整備に貢献せよ。結論3集団的自衛権の行使容認を歓迎し、必要な法制度の早急な整備を求める。」とある。以下は省略する。私は、この意見広告に、日本の将来への危機感を抱いた。日本の著名な政治家や知識人の意見である。影響を受ける人たちもいると思う。無名の私も自分の意見を発信する必要があると感じた。黙っていてはいけないと思ったのです。物事には、賛否がつきものであるが、安全保障の問題は、戦後何かと議論になり、大きな問題となってきたのである。この問題を避けてきた側面もある。選挙の争点にはならなかった経緯がある。過去には、1960年、70年には安保闘争が起こった歴史的事実がある。今回の集団的自衛権についての難しさについて、テレビのある解説委員は、賛成も反対もともに“平和”を目的にしているとの発言が印象深い。また、毎日新聞の投稿欄で、21歳の学生が、「軍事力による平和か、軍事力によらない平和か」との視点で、「軍事力による平和は反対である」との記事を読んだが、私はその意見に賛成である。
ともかく、自分の疑問は自分で解決するしかないので、私は、今回の閣議決定を検証するために、インターネット検索し、憲法前文、第9条、第13条、閣議決定全文を印刷して読むことからスタートした。自分でできることをする。そこに学びがあると感じている。「日本国憲法」前文・第9条[戦争の放棄]・第13条[国民の権利及び義務]を読んだ。前文は、「国民主権」「国政は、国民の信託」「世界の平和主義」を謳っている。第9条は「国際平和」「武力行使の放棄」「軍隊不保持」だ。第13条は、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」この権利は、「立法・国政の上で、最大の尊重の必要」とある。私はこの日本国憲法を最大に尊重する。世界に誇れる憲法である。この憲法は、GHQの占領下で押し付けられたものだと考え、自主憲法制定を唱える人たちがいることも承知しているが、日本国憲法は、1947年に施行され、日本の平和国家の歩みの支柱として、67年間続いてきた憲法である。その現憲法は「国家権力の暴走の歯止めをかけるもの」であり、「法の法」である。戦後の日本は、先進国において、憲法改正が行われていない唯一つの国である。まず、第96条(憲法改正の要件)を改正し、憲法改正を行いたいのが、自民党を含めた保守勢力である。この部分でも、メディアは集団的自衛権と一致している。日経は非表明だが。歴代政府は、憲法の解釈で、個別的自衛権を法律でなく、慣例として政権を行ってきた。それが1972年政府見解だ。憲法に書かれていないためか、安全保障の問題はタブー視され、普段は議論が表に出てこなかったのが真相なのだ。ではなぜ今なのか。現在の東アジア情勢を考えると、避けられない問題であろうが、安倍首相の第1次政権からの「憲法改正」の持論が、支持率のある今だから、持ちだしたのであろうと推測するしかない。閣議決定の内容文を私が読んだ範囲では、集団的自衛権の行使を容認する記載はない。しかし「自衛隊の武力的活動には、根拠となる国内法が必要である」との文言がある。拡大解釈の恐れがあると感じた。