私が教員になった頃(1970年)は、プリントを作るのに、ガリ版刷の時代だった。鉄筆で原紙に、英文を書くのは大変だった記憶が残っている。原紙を謄写版で印刷するのだ。その後、コピー印刷ができるようになり、高価なタイプライターを買って、英文を見ながら、一文字一文字打っていた。ブラインドタッチという基本的なことができないまま今日に至ってしまった。またその頃は算盤を使って学期末の成績表を作っていた。私は、算盤も苦手だったので、事務の女性に頼っていた。その頃に、小型の計算機がでてきた。発売された当時は非常に高価であった。当時1万円で購入した。給料が4,5万の頃の話しである。まもなく大量生産大量販売になり、価格が大幅に下がった。早く買って失敗したとの記憶が残っている。
ワープロが一般に普及したのは、1975年以降のように記憶している。私が使うようになったのは、1980年頃のように思う。当時の数学の教員に教わって、基本的操作を覚え、テスト問題を作れるようになるのに、1週間はかかったようだ。授業の合間は、ワープロに向かっていた。目標は、プリントの作成とテストの作成だった。そこまでできればよしとしていた。その頃にはパソコンを使う人が出ていたようだ。私にワープロを教えてくれた教員は、パソコンを使っていたと言う。ワープロは使わないが、原理は同じだと言って教えてくれたのだ。その頃の新採用の教員はパソコンを使っていた。しかしまだ、パソコンもワープロも高価なものだった。今では普通に行われている成績処理を、新採用の教員がパソコンを使って、成績処理を行うとのことに対して、私が反対したことをよく覚えている。点数だけの合理的な処理に反対したのだ。評価に心が入っていなければならないと思っていたからだ。現在の成績処理は、テストの点数を軸に、他の要素を点数化して、集団の平均点を6割程度に収めるように行っている。パソコンを使ってやらなければできないほど、仕事が合理化され、事務処理が増えている。そのために、教員が多忙化になっていることは皮肉と言える。私のようなアナログ人間には、理解しにくいことであるが、時代の流れには逆らえない。
私は、10年以上ワープロを使って、プリント、テストの作成をしていた。ワープロがなくなってからパソコンを手にするようになった。私のような団塊の世代を含め、その前の世代は、パソコンへの切り替えができなかった人の方が多い。私がパソコンを使うようになったのは、2000年頃からのようだ。ワードしか使えない。成績処理ではエクセルが使えないと困るのだが、人任せにして、覚えることができないまま退職した。私が使ったのは、XPの前の機種からXPまでだ。今使っているのは、ノートパソコンでビスタだが、とても使いにくい。デスクトップは、XPだが、まだ使いやすい。両方とも寿命が近い。今は、文章が書ければいいのでまだ使っているが、いつまで使えるのか不安だ。私がインターネットを始めたのは、囲碁をやるためだ。俗にネット碁と言われているものだ。この世界を教えてくれたのは、数学の教員のEさんで、御殿場高校で一緒になり、とてもお世話になった友である。彼の囲碁のレベルは私とは比べようがない。また彼はパソコンに精通している。彼の助けのおかげで、ネット碁ができるようになった。パソコンのことで困ると、Eさんに連絡するとすぐに家に来てくれて操作してくれる。何回もきてもらっている。とても有り難く思っている。今行っているネット碁会所は3箇所めの無料のサイトで、KGSというサイトである。世界中の人と碁を打つことができる。ネットのために、回線が切れたりすることはあるが、いつでも相手が見つかる。最初の頃は、海外の人だと思うと、Where are you from?とチャットで話しかける。易しい英語で話せば、英語圏以外の人とも話しができる。逆に英語圏の人の使う英語は分かりにくい。彼ら独自の世界があるようだ。アジア、ヨーロッパの人たちとも碁を打ち、チャットで話した。この人たちと話す方がずっとわかりやすい。7,8カ国の人たちと話したように思う。中には、英語の教師かと尋ねてくる人もいた。子どもとも話した。最近はチャットで話すことはほとんどない。グローバル化した世界を知る機会でもあるが。ネット上には様々な人がいる。日本の掲示板に口汚いことを書いて不満を発散させる人、それを諌める人、質問すれば、親切に答えてくれる人などです。碁を打っていると、対面していなくても、性格が想像できるものです。腹立たしく感じることも多いが、時間つぶしにはちょうどいい。体調が悪く家にいることが多かったので、ネット碁の世界を知ったことは救いだった。2002年頃、漫画「ヒカルの碁」が流行した。この漫画は、1999年5月に1巻が発売され、2003年9月の23巻で終了した。この中には、ネット碁の世界が描かれている。私が生徒に勧められて買って読んだものだ。これで漫画に対する私の認識が変わった。
今年の8月、自分の意見の発信は、新聞への投稿であった。また、5日の毎日新聞記事に関して、友とのメールのやりとりを通じて、メールは言葉として残るので、有効な道具との感を深めた。また、息子の帰省で、ブログを立ち上げ、“意見の発信”を含めて、“心の日記”のようなものを公開することにした。この文もそうであるが、自己満足のきらいがあることは否定できないが、本音で書いていることは事実である。信じていただきたい。
この機会に、インターネットで情報を取得し、自分で読み、考え、整理して自分の意見をまとめるのに、とても有効なツールと感じた。ただし、情報にふり回されないように気をつけなければならないが。道具は使う人次第だと思う。かつて生徒に話したことがあるが、グローバル社会、情報社会では、語学とコンピューターを道具として使いこなせることが求められると。まさにそういう時代になったと感じている。私のようなアナログ人間でもデジタルな世界を避けることはできない。インターネットを活用することを“今”は考えている。
ワープロが一般に普及したのは、1975年以降のように記憶している。私が使うようになったのは、1980年頃のように思う。当時の数学の教員に教わって、基本的操作を覚え、テスト問題を作れるようになるのに、1週間はかかったようだ。授業の合間は、ワープロに向かっていた。目標は、プリントの作成とテストの作成だった。そこまでできればよしとしていた。その頃にはパソコンを使う人が出ていたようだ。私にワープロを教えてくれた教員は、パソコンを使っていたと言う。ワープロは使わないが、原理は同じだと言って教えてくれたのだ。その頃の新採用の教員はパソコンを使っていた。しかしまだ、パソコンもワープロも高価なものだった。今では普通に行われている成績処理を、新採用の教員がパソコンを使って、成績処理を行うとのことに対して、私が反対したことをよく覚えている。点数だけの合理的な処理に反対したのだ。評価に心が入っていなければならないと思っていたからだ。現在の成績処理は、テストの点数を軸に、他の要素を点数化して、集団の平均点を6割程度に収めるように行っている。パソコンを使ってやらなければできないほど、仕事が合理化され、事務処理が増えている。そのために、教員が多忙化になっていることは皮肉と言える。私のようなアナログ人間には、理解しにくいことであるが、時代の流れには逆らえない。
私は、10年以上ワープロを使って、プリント、テストの作成をしていた。ワープロがなくなってからパソコンを手にするようになった。私のような団塊の世代を含め、その前の世代は、パソコンへの切り替えができなかった人の方が多い。私がパソコンを使うようになったのは、2000年頃からのようだ。ワードしか使えない。成績処理ではエクセルが使えないと困るのだが、人任せにして、覚えることができないまま退職した。私が使ったのは、XPの前の機種からXPまでだ。今使っているのは、ノートパソコンでビスタだが、とても使いにくい。デスクトップは、XPだが、まだ使いやすい。両方とも寿命が近い。今は、文章が書ければいいのでまだ使っているが、いつまで使えるのか不安だ。私がインターネットを始めたのは、囲碁をやるためだ。俗にネット碁と言われているものだ。この世界を教えてくれたのは、数学の教員のEさんで、御殿場高校で一緒になり、とてもお世話になった友である。彼の囲碁のレベルは私とは比べようがない。また彼はパソコンに精通している。彼の助けのおかげで、ネット碁ができるようになった。パソコンのことで困ると、Eさんに連絡するとすぐに家に来てくれて操作してくれる。何回もきてもらっている。とても有り難く思っている。今行っているネット碁会所は3箇所めの無料のサイトで、KGSというサイトである。世界中の人と碁を打つことができる。ネットのために、回線が切れたりすることはあるが、いつでも相手が見つかる。最初の頃は、海外の人だと思うと、Where are you from?とチャットで話しかける。易しい英語で話せば、英語圏以外の人とも話しができる。逆に英語圏の人の使う英語は分かりにくい。彼ら独自の世界があるようだ。アジア、ヨーロッパの人たちとも碁を打ち、チャットで話した。この人たちと話す方がずっとわかりやすい。7,8カ国の人たちと話したように思う。中には、英語の教師かと尋ねてくる人もいた。子どもとも話した。最近はチャットで話すことはほとんどない。グローバル化した世界を知る機会でもあるが。ネット上には様々な人がいる。日本の掲示板に口汚いことを書いて不満を発散させる人、それを諌める人、質問すれば、親切に答えてくれる人などです。碁を打っていると、対面していなくても、性格が想像できるものです。腹立たしく感じることも多いが、時間つぶしにはちょうどいい。体調が悪く家にいることが多かったので、ネット碁の世界を知ったことは救いだった。2002年頃、漫画「ヒカルの碁」が流行した。この漫画は、1999年5月に1巻が発売され、2003年9月の23巻で終了した。この中には、ネット碁の世界が描かれている。私が生徒に勧められて買って読んだものだ。これで漫画に対する私の認識が変わった。
今年の8月、自分の意見の発信は、新聞への投稿であった。また、5日の毎日新聞記事に関して、友とのメールのやりとりを通じて、メールは言葉として残るので、有効な道具との感を深めた。また、息子の帰省で、ブログを立ち上げ、“意見の発信”を含めて、“心の日記”のようなものを公開することにした。この文もそうであるが、自己満足のきらいがあることは否定できないが、本音で書いていることは事実である。信じていただきたい。
この機会に、インターネットで情報を取得し、自分で読み、考え、整理して自分の意見をまとめるのに、とても有効なツールと感じた。ただし、情報にふり回されないように気をつけなければならないが。道具は使う人次第だと思う。かつて生徒に話したことがあるが、グローバル社会、情報社会では、語学とコンピューターを道具として使いこなせることが求められると。まさにそういう時代になったと感じている。私のようなアナログ人間でもデジタルな世界を避けることはできない。インターネットを活用することを“今”は考えている。