幻冬舎出版の矢作直樹氏の「おかげさまで生きる」の本を読みました。とても感銘を受けました。矢作氏の医療現場での体験を踏まえた人生観がよく表れています。矢作直樹氏の人生哲学と読めると思います。言葉の使い方に配慮されて、読者に分かるように、書かれていると感じます。内容は高度ですので、理解しやすいとは言えないが、共感・共鳴することがとても多いと感じます。多くの人に読んでもらいたいと思います。しかし、若い人たちには難しいと思います。経験と年齢を重ねるにつれ、理解が深まると思います。
本を読んで、矢作氏と話しがしたくなりました。私は教育現場を歩いて、退職してから2年以上になります。多少の波はあるものの、長い間病気で苦しんでいます。今年の8月に状態が上向いて、話しをし、自身の整理のために、文章を書き始めました。自分の意見を発信したいと思うようになりました。8月15日にブログを開設しました。誰にも読んでもらえないかもしれないが、気がでてきました。矢作直樹氏は、気というのは「生命の源」です。血液と違って目には見えませんが、全身を駆け巡るエネルギーであり、常に私たちの体を出入りしています。(P.23)なるほどとの感じです。人生は、寿命があるからこそ素晴らしい。限られた時間をいかに過ごすかが大事。(P.34)私は、人生の最終章にきています。人生の仕上げをしなければならないと感じています。いつでも死ねる覚悟があるかと問われれば、ないと答えるしかないのが事実です。でも死は必ずやってきます。明日かもしれないが、まだ大丈夫と思っているのが現実です。「今を生かされていることに感謝」の心境には至らない。頭では理解できるのだが。生きることとは死ぬこと。あるがままの自分を受け入れ、「すべては学びである」と知る。(P.38)仏教には「生死不二」の言葉があります。深い哲学です。生死は表裏一体と私は解釈しています。生命哲学です。とても難しい。きちんと解決しない限り、人生の課題はいつまでも本人を追い回す。(P.
92)ここでは、私の親友の人生を見、自分の人生と比べたと時に(比べる必要はない)、
自身の覚悟すべき課題が追いかけてきました。物事には二面性がある(P.97)これは私の持論でもある。私たちがあの世に持って行けるのは、様々な経験から得た記憶だけ。
正直に言って、この言葉は理解できません。英語の言葉に「経験は良い先生である」の言葉を好む経験主義者です。「人は経験から学ぶ」が私の基本の考え方です。経験しないとわらない。しかしその経験から学ぶことは、人によって違うと思います。この世とあの世をつないでいるのは、その人の「生命」と理解しています。この世の生き方が大事なことに異論はありません。矢作氏は、母親の死後、霊媒を通して交流したことに触れ、あの世は私たちのすぐそばにあるとの確信を得たとありますが、私には信じられない領域です。体が衰えても楽しいことは見つかる。この言葉は、“今”の私にあてはまると感じる。ブログに書き込むことが、楽しくなっています。私の友人は「水を得た魚のようだ」と評しています。読んでくれる人はわずかですが、ブログを続けたい。体調に不安を抱えつつ。